第十章 怜音の本心

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 だが、一息ついてばかりもいられない。むしろ忙しくなるのはここからだ。『ひょうたん沼』では、結局キショウブから画面をスタートし、水面を撮影。その後遠くにぼんやり見える模型の『万年様』を撮影し、そこに焦点を合わせてカメラをズームするところまでは撮れている。  これから真山家で撮ろうとしているのはその続きで、ズームしきったカメラが『万年様』つまり『ヘップバーン』をしっかりとらえるところまでだ。以前は別々のカットをキショウブでつないだが、今回は少し事情が違ってくる。 「水面を撮ってズームしている間に、何か別のものが映ったりとかするかな?」 『ひょうたん沼』で発した怜音の疑問に徳紗は渋い顔で腕を組んだ。 「だいぶ強引な手ではあるけど、撮ってる途中でカメラを指でおさえちゃったってことにしようか。ずっと探してた『万年様』を見つけて興奮してたら、そんなこともあるかもしれないし。亀井さんには声をあてる時に、そんなテンションでやってもらえると助かる」  何だか撮影のしわ寄せが全部『音を録る時の演技』に向かっているような気もする。本当にちゃんとできるだろうか。心の片隅にずっと残っている不安を、怜音は首を振ってかき消した。今は迷っている場合じゃない。真山くんのOKを早く2人にも伝えないと。廊下を歩く怜音は自然と早足になった。  真山家に到着した3人は話もそこそこに撮影準備を始めた。『ひょうたん沼』で撮影した映像と矛盾が生まれないよう、スマホの画面とにらめっこしながら段取りを組む必要がある。 「動画だと画面右下から左上に流れて行ってるね。『ヘップバーン』も何とかそっちに誘導したいけど……」 「エサか何かを置こうか。真山くん、オヤツをあげるのは問題ない?」 「あ……ああ。そんなに多くなければいつもあげてるから」  緊迫した声があちこちで飛び交う。 「そもそも、『ヘップバーン』を近くで撮ってもちゃんと『幻の大亀』に見えるかな? ただ単に近くで撮っただけに見えない?」 「そこはちゃんと考えてあるよ。ちょっと見て」  徳紗は動画を一時停止して、怜音の方に見せた。 「画面の中に柵が入ってるでしょ?」 「え、それってマズいじゃん!」  真山家の池には、当然柵はない。画面の中にあるはずのものが突然消えてなくなるのだ。これでは、カメラを指で隠す前と後とが別の映像だと簡単にわかってしまう。 「それを何とかするために、また今田くんに頑張ってもらったんだよ」  待ってましたとばかりに今田はカバンから何かを取り出した。あの沼にあった柵のミニチュアだった。 「短い期間で無茶言って悪かったね」 「……生き物よりはずっとマシ」  今田がぼそりと言う。無表情のように見えてやっぱり得意げだ。 「これを元の映像と同じ場所に設置する。そうすれば、ちゃんと大亀に見えてくれるはず」  画面に映った柵との対比で『ヘップバーン』が実際よりも大きく見えるというわけだ。 「でも、これをやり切るには前の映像と映ってるものを一致させる必要があるからね。かなり慎重にやらないと」  徳紗は早速池に向かってスマホを向けた。今田が置いたミニチュアの柵に「もうちょっと寄せて」「まだ右かな」と指示を飛ばす。怜音もそこに加わろうとした時、後ろにいた真山から「ちょっといいか?」と声をかけられた。
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