第十一章 最後の別れ道

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第十一章 最後の別れ道

 翌日、怜音は再び徳紗の部屋に来ていた。ここまでに撮影した3つの映像を編集でつなぎ合わせるためだ。よろめいて映ったキショウブと、画面を隠す指を使ってできるだけひとつなぎに見えるようにしないといけない。あいかわらずあちこちに積み上げられているDVDケースの間に、怜音は腰を下ろした。 「ごめん、お待たせ」  部屋に入ってきた徳紗が、怜音に麦茶のグラスを手渡す。前回とは違って中に氷が入っていた。そのまま、PCを操作して編集ソフトを起動する。低い機械音とともに『ロード中』の文字がモニターに表示された。 「このソフト、容量食うからね。立ち上がるまでに時間がかかるんだ」  モニターの前のイスに腰を下ろした徳紗は、くるりと回ってこちらを向いた。 「だから、その間に訊いておきたいことがあって……」  麦茶を飲んでいた怜音は、グラスから口を離す。 「どうしたの、そんなに改まって?」 「……この映像さ、本当に完成させる?」  何を今さら、と怜音は笑い飛ばそうとした。だが、メガネの向こうから彼女を見つめる目は冗談を言っているようには見えなかった。しばらくお互いに黙りこくった後で、また徳紗から口を開いた。 「わたしはね……元々どうして亀井さんが『万年様』を作りたいかなんて、どうでもよかったんだ」  それは知っている。実里とは違い、徳紗は『どうやって撮るか』にしか関心がなかった。だから、手を組んだはずだった。 「『人間に興味がない』って言ってたもんね」  怜音の言葉に、徳紗は「言ったね、そんなことも」と笑い声を上げる。 「カットとかカメラアングルとか、そういうおもちゃで遊べていればそれでよかった。上手くできれば満足だったし、それがどんな意味を持つかなんて関係ない。そうやって今までいろいろなものを作ってきたんだよ」 「だったら……どうして?」  どうして、完成が見えてきたこのタイミングで、もう一度怜音にその意味を問うのだろうか。 「今までとは違ったからだよ。亀井さんから持ちかけられた話は、やったことがないくらい高度なことを求めていた。どうやったらクリアできるか頭をしぼって考えた。1人じゃなくて、誰かとこんなに話しながら撮るのも初めてだった。トラブルだってたくさん起きたし、そのたびに何とか前に進めてきた。そうだよね?」  徳紗はここでいったん言葉を切って上を向いた。怜音は何も言えない。まだ、処理を続けるパソコンの低い音がしていた。麦茶の中へすべり落ちる氷の水音が大きく聞こえた。 「その中で、愛着がわいてきたのかな。だんだん、どうやって完成させるか以外のことも考えるようになった。これは完成したらどうなるんだろう。どう使われて、どんな意味を持つんだろうって。それで、思ったんだ」  徳紗はふたたび顔をこちらに向けた。まっすぐ怜音のことを見いて、どこにも逃げ場がない。 「これは……うそだ。それも、かなり分の悪いうそだと思う。どんなにクオリティの高い映像を作ったって関係ない。アキラくんって人が『万年池』の掻い掘りについて知ったとたんに、何もかも粉々にくずれちゃう。そして、心の支えになっていた映像が真っ赤なうそだって知った時、彼は亀井さんを許すかな?」  怜音が口を開く前に、また徳紗が話し始める。ここで答えが返ってくることは、最初から期待していなかったみたいだ。 「引き返すならここを最後にしてほしい。もちろん、この後に録音とか作業はあるよ。でも、3つの映像を編集でつなげた時に『万年様』は画面の中で命を得てしまう。そうやって生まれたものを、後からなかったことにはしたくないから」
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