第十二章 うそつきの『真実』

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第十二章 うそつきの『真実』

 作業最終日、怜音は『ひょうたん沼』のほとりに立っていた。ついこの前に撮影で訪れたばかりなのに、何だかずいぶん昔のことのようにも思える。映像の編集は全て終わり、全部で2分30秒ほどの動画になった。  あとは、動画のタイミングに合わせて音を入れるだけだ。必要なのは怜音の声だけではない。道を歩く足音も、転倒した時の音も、沼からかすかに聞こえる水音も全て録音しなくてはいけない。だから、これから映像と同じ2分30秒の間、怜音は「『万年池』を訪れて『万年様』を見つけるまで」を演じる。  この時のためにまぶたの裏側で再生できるほど、元の映像を見直した。だが、結局同じ状況に立たされた時に自分が何を言うのかはわからないままだった。  少し離れたところで徳紗から「アクション!」の声がかかった。スマホの録音を入れて歩き始める。画面には万年池への立て札が映っているはずのタイミングだ。 「……はい、10日目です」  もう『万年様』が見つからないのではないか、そんな疑いとあきらめが強くなってきた頃だ。それを意識して声から力を抜いている。そのまま30秒くらいは前に進む時間だ。『ひょうたん沼』に比べて『万年池』の方が、道に草が茂っている。だから、あえて道のすみを歩き、ガサガサと音を立てた。岸辺にたどり着くと、今度は足を滑らせてバランスを崩すタイミングだ。 「うわっ……!」  時間をずらしたくないから足音だけ立てて本当には倒れない。だが、スマホはちゃんと取り落とす。画面にはキショウブが映り、撮影場所が万年池からこの場所に切り替わっていることだろう。 「いててて……」  スマホを拾おうとかがみながら、ズボンの上から脚を叩く。こびりついた草を払い落とすイメージだ。沼が見える位置まで移動した。風は少なく、さざ波がかすかな水音を立てている。どれだけ目をこらしても何もいない水面に、スマホを向けた。しばらくはその手をぶんぶんと回す。 「……あれ、何だろ。え? もしかして……ちょっと待って待って待って!」  カメラに映ったメイドイン今田の『万年様』。それがズームで大きくなっていくのに合わせて、怜音の声も高くなっていく。しばらく騒いでいた怜音は「やばっ……」とあわてた声を出した。親指がカメラをふさぎ、画面が真っ暗になったシーンだ。一瞬真っ暗になった画面に光が戻ると、主演女優『ヘップバーン』が登場する。画面の右下から左上へとのんびり泳ぐ彼女を思い浮かべながら、怜音は叫んだ。 「アキラくん、見えてる? 『万年様』だよ。ホントにいたんだ! ホントに……!」  同じ状況に立たされた時、本当に自分がこれを言うのか。どれだけイメージしても答えは出なかった。その代わりに考えたのは、どうやったら自然に見えるかだ。先にでき上がっていた映像、そのつなぎが不自然にならないように、口にする言葉やテンションを決めていった。  どこまで行っても、撮影時の事情と後から考えた理屈の集まり。真っ赤なうそだ。怜音の言葉だけでなく、『万年様』の全てがそうだった。『存在しない場所』で『存在しないもの』に会う様子をひとつなぎで撮影する。そのためにかき集めた1つ1つは、完成形とはほど遠いバラバラな『うそのかけら』にすぎない。 だが、それらが組み合わさって小さなフレームを通した時、組体操をして『バケモノ』を演じた動物たちのように、それまでとは違った1つの像を結ぶのだ。  そのフレームはうそをつく。けれど、そこに切り取られた景色のことを怜音は『真実』という名前で呼ぼうと思った。 「奇跡は起こるんだよ! だから、きっとアキラくんも……大丈夫だから」  夢中で話し続けているうちに2分30秒は過ぎていた。録音のマイクを止める。全てが終わった後も怜音はしばらくそこにたたずんでいた。 「カット、カーット! 怜音、お疲れ様!」  徳紗の声と駆け寄る音を背中に感じた。『ひょうたん沼』のおだやかな水面からは、魚1匹現れなかった。
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