第一章 カメレオンの失敗

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第一章 カメレオンの失敗

 亀井怜音はカメレオンだ。彼女は自分のことをそう考えることがある。決して自分の色は出さずに、周りに合わせて色を変える。言いたいことは飲み込んで、空気を読んで、目立たないままでいる。必要があればうそをつく、心からそう思っているような顔をして。そうやって教室の片隅で頼られることも、嫌われることもなくひっそりと生きてきた。怜音はそれで満足だったし、自分はそれが得意だとも思っていた。だから、こんな失敗をすることになるなんて夢にも思っていなかった。  今日は怜音の退院の日だった。盲腸の手術が無事終わり、家に帰れる程度には良くなったのだ。主治医の先生にあいさつをして、病室の荷物を片付けて、あと1人だけ話をしておきたい相手が残っていた。隣のベッドの住人、何やら重い病気で長いこと入院している同い年の男の子、朝日奈アキラだ。長い時間を同じ病室で過ごすうちに、怜音の方から話しかけ、仲良くなった。好きなマンガやアニメが重なっていたこともあり、どちらかの家族がおみまいに来ない時はどちらからともなく話を始め、ヒマをつぶして過ごしていた。そんなアキラへ帰る前に一声かけておこうと思ったのだ。退院を告げる怜音の話をアキラは黙って聞いていたが、別に怒っているようには見えなかった。それどころか、怜音が元気になったことを素直に喜んでくれているように思えた。その態度を一気に変えたのは、怜音の「アキラくんもきっとすぐに良くなるよ」という一言だった。 「ウソつきめ!」  アキラはそう声を荒げた。驚いて目を丸くした怜音に向かってまくし立てる。 「みんな簡単にそう言う。『すぐに良くなる』、『この手術が終わったら退院できる』って。1つも叶わなかった。どんどん悪くなっていって、ぼくはまだここにいる!」  その剣幕に押された怜音の「……ごめん」という声は「オマエは違うと思ってた!」という怒鳴り声でかき消された。自分でも押し寄せてくる言葉を止められないようだった。 「2人で何でもない話をしている時だけは、忘れられたんだ。入院のこととか、手術のこととか。だけど……オマエも結局大人たちと同じようなこと言うんだな。がっかりだよ」  怜音は必死に頭を働かせた。今、アキラくんを落ち着かせるにはどうすればいいだろう。何に話を合わせてあげればいいだろう。一緒に怒って見せる? ダメだ。今彼が怒っているのは怜音自身になのだから。ぐるぐると考えているうちに、少し腹が立ってきた。ずっとベッドから出られないのはかわいそうだけど、だからこそこっちははげましたのだ。そこに向かって逆ギレなんて、ちょっとヒドいんじゃないか? そんな怜音の心の中を知ってか知らずか、アキラはいやな顔をして笑った。 「15日後に手術を控えてるんだ。今度こそ全部良くなって学校に行けるようになるんだってさ……ウソに決まってる。どうせ今度も失敗だよ」 「失敗だってどうしてわかるの? 成功するかもしれないじゃん!」 「いーや、無理だね。ぼくにはわかるよ。『万年様』でもいれば話は別だけど」  カッとなって次を言い返そうとした怜音は、言葉を飲み込んだ。今聞きなれない言葉がなかったか? 「『万年様』って何?」
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