第一話 漫画の神様

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第一話 漫画の神様

漫画の神様がまつられているという神社は、周りを竹林に囲まれていた。 入口は薄暗かったけど、中は広くて涼しい風が通っていて、エアコンもないのに暑くないなんて不思議だ。 さらにおどろいたのは、お堂の壁が全部本棚になっていて、ボクが読んだことのない漫画がぎっしり並んでいたことだ。 「うわぁ……。この漫画って読んでもいいの?」 ボクの質問には、この場所へ案内してくれた巫女さんが答えてくれた。 「ええ、大事に読んで、元の場所に返していだたければ構いませんので、いくらでも読んでくださいね」 「あ、ありがとうございます!」 うれしくてニヤけてしまいそうで、ボクは深く頭を下げた。 漫画は古そうなのが多かったけど、今も連載を続けている作品もチラホラある。 巫女さんが言うには、この神社にまつられている漫画の神様が描いた作品以外にも、そのお弟子さんが寄贈した漫画や地域の人から寄贈された漫画が保管されているそうだ。 漫画の神様って、本当に昔漫画を描いてた人だったんだ? 一体どんな漫画を描いてたんだろう……。 お堂の一番奥の真ん中に整然と並べられた漫画の神様の単行本。背表紙に書かれた名前に覚えはなかった。 春に始まったアニメの原作漫画とか、続きが読みたい漫画はたくさんあったけど、まずはこの神社にまつられている神様の漫画を、少しくらいは読んでおくのが礼儀なんじゃないかな。と、ボクは神様の漫画を手に取った。 それから二週間と少し。 僕は毎日神社に通っていた。 最初の二日はお昼ご飯を食べにおじいちゃんの家に戻ってたんだけど、三日目からはおばあちゃんが「そがん慌てて食わんと弁当持っていきんさい」とお弁当と水筒を持たせてくれるようになった。 だって、早く続きが読みたくて仕方ないんだ。 漫画の神様の描いた漫画は、絵や表現こそ古かったけど、中身はびっくりするくらい面白かった。 たくさん続いてる連載物はどれもドラマチックだし、短編集はどのお話も短い中にドキドキハラハラがギュッと詰まってて読み始めたらやめられない。 ボクは巫女のお姉さんに「佐々田君、神社を閉める時間ですよ」と言われるまで、毎日夢中で漫画を読んでいた。 神社って十七時に閉まっちゃうんだよね。おかげで田舎道に迷うこともなく明るいうちに帰れてるけど。 「あーあ、もっと読みたいのになぁ」と言うボクに、巫女のお姉さんは「朝は六時から開いてますよ」とほほえんだ。 ボクは早起きを始めた。 最近は朝五時には自然と目が覚めるようになったし、朝からお堂の掃除が終わるのを待ってると、巫女のお姉さんに「雑巾掛けでもしてみませんか?」なんて誘われて、いつの間にか毎朝お堂と廊下の雑巾掛けをするようになってしまった。 「佐々田君は雑巾をしっかり絞ってくれて、掃除も隅々まで丁寧で助かります」 なんて巫女のお姉さんが言ってくれるから、ボクはいっそう丁寧に掃除した。 そんな毎日で、ボクがすっかり『夏休みの宿題』の存在を忘れた頃、お母さんから電話がかかってきた。 「京也はまったく電話の一本もよこさないんだから。元気にしてるの? 宿題はちゃんと進んでる?」 「宿題? ……あ、夏休みの宿題!」 「その様子じゃまったくやってないわね……」 受話器の向こうでお母さんの大きなため息。 おじいちゃんの家の電話は黒くてツヤツヤしたダイヤル式の電話で、かけ方がよくわかんないんだよね。そもそも家に電話をかけようなんて思いもしないくらい毎日が漫画のことで頭がいっぱいだったけど。 あ。漫画と言えば……。 「お母さんは知ってる?」 ボクは漫画の神様の事をお母さんに聞いてみた。 「知ってるわよ。当時はかなり売れてた漫画家さんで、アニメも映画もやってたし、お母さんも小さい頃見てたわ」 お母さんが小さい頃に活躍した漫画家さんかぁ……。 当時もたくさんの人がこの人の漫画でドキドキワクワクしたんだろうな。 時代をこえて、今の小学生のボクまでドキドキワクワクさせてくれるなんて、漫画の神様って本当にすごい。 「京也聞いてるの? ちゃんと宿題進めときなさいね、こっちに戻ったら二週間で新学期なのよ?」 「え、ああ。うん」 「じゃあ母さん達は明後日の昼過ぎにはそっちに着くから、おばあちゃんに代わってちょうだい」 「はーい」 ボクはずっしり重い受話器をおばあちゃんに渡す。 お盆に来る予定だった家族が来るってことは、もうすぐお盆なんだ。 そうだ……。 家族が来て、お墓参りをして、お盆の終わりには一緒に帰らなきゃいけない。 今のお話もあと十巻はあったし、まだ読んでないシリーズがもう一つ残ってる。 帰る日までに間に合うかなぁ……。 それで漫画の神様の漫画は全部だっていうのに。 ここまできたら、もう、最後まで読んで帰りたい。 それからは、さらに必死で読んだ。 お母さん達が来てからも、時間を見つけては神社に通った。
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