第二話 神様からもらったもの

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「これが最後で…………えーっと七十、七十一、七十二ピッタリね。はい、顔あげていいよー」 先生のチョークの音を聞きながら、ボクは顔を上げた。 黒板には一つだけ、曲名の上に赤い花丸が書かれた。 「四組の合唱曲は「南国のペンギン」に決まりました」 わあっと声があがる。 票の数は三十票。ボクの四組は三十六人クラスなので、これは「南国のペンギン」の圧勝だ。 この曲は、ひとりぼっちのペンギンが水族館を抜け出して、南極に行くつもりが南国に着いてしまうというストーリーで、そこで友達がたくさんできてハッピーに終わるという先生の説明と、先生が歌ってくれたサビの部分が爽やかだったから、ボクもこれに一票入れたんだ。 教室に広がる感情も嬉しそうなのが多い。 「この曲は長さもちょうど良いし、そんなに難しくないから良いわね。ああでもこの曲……ソロパートを歌う子が必要なのよね。一応希望者がいるかだけ聞いてみようかな?」 さっきのザワザワが嘘のように、しん。と静まり返った教室に皆の感情が見える。 「高音があるから、ソプラノが出る人でねー」 ボクはまだ高い声だけど、クラスの男子には声変わりした子もいる。 先生はハッキリは言わなかったけど、女子がやる方がいいんだろうな。 ボクだっていつ声変わりが始まるか分からないし。 亮介は一学期に声変わりをしてて音楽の授業で声が上手く出ないってぼやいてた。 「ん?」 隣から視線を感じて、ボクは清音さんの方を見た。 清音さんは感情の読めない真顔でボクを見ている。けど、その周りには何かを期待しているようなキラキラがいっぱいだ。 「……え? もしかして、やりたいの?」 ボクが小声でたずねると、清音さんはギロっとボクを睨んだ。 いやこれ、普通の人が見たらNOだと思うよ。 周りにこんな嬉しそうに丸いのがぱああっと広がってなかったら、ボクでも怖って思うよ、絶対。 清音さんって目立つのは苦手なのかと思ってたけど、そうでもないのかな。 「手をあげたらいいんじゃない?」 清音さんの後ろで期待いっぱいの空気がガラガラと崩壊する。 ええっ、手をあげるのはダメなの!? 手をあげるのができないのに、人前でソロパートなんて歌えるのかな? 疑問は残るけど、ひとまず聞くだけ聞いてみようか。 ボクはどんよりと落ち込んだ効果に包まれる清音さんに声をかける。 「じゃあえーっと……ボクが推薦しようか?」 途端に、清音さんの周囲が虹色に輝いて音符が舞った。 こういう派手な演出ってどっかでみたことあるなぁ。 ああそっか、ガチャの高レア確定演出みたいな感じだ。 そんなに期待されちゃ仕方ないな。 ボクはなんて言おうか考えながらも、どこか楽しい気分で手をあげた。 *** 放課後。正門前で亮介と別れる。 「京也、またなーっ」 亮介はボクにぶんぶん手を振ると、家とは別の方へ一人走っていった。 少し先の公園で米倉さんと待ち合わせをしてるらしい。 同じ教室から帰るんだし、初めから一緒に帰れば簡単なのにね。 他の子にからかわれるのが嫌だって、米倉さんが言ってるらしい。 「俺は別に、クラスの奴らにバレたっていーんだけどさぁ」という亮介は、むしろ「俺達付き合ってるんだぜ」と言いふらしたいところを我慢しているみたいだ。 口の軽い亮介にしては、頑張って秘密を守っているんだなぁと感心する。 二学期が始まってすぐは、人がいっぱいの学校を出て、人通りのまばらな通学路に入るとホッとしていたけど。そろそろ人の感情が見えるのにも慣れてきて、一人で帰るのがちょっと寂しくなってきた。 何気なくポケットに手を突っ込むと、カサっと音がする。 取り出したメモ用紙には「ありがとう」と綺麗な字で書かれていた。 帰り際に清音さんからもらったものだ。 曲名をササっとメモしてくれた時の字は雑だったので、この字は、ほんの五文字だけれど、丁寧に書いてくれたんだなと思う。 ボクはちょっと嬉しくなって、メモ用紙をまたポケットに入れた。 って、あれ? あの後ろ姿は清音さん? さすがに同じ道を登下校して六年目だし、同じ方向の子は大体知ってるつもりだったけど……。 ボクは小走りで距離を詰めると、一人の寂しさも手伝ってか、思わず声をかけた。
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