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5日後。
父上と玄関の車どまりで待っていると。
公爵家の紋入りの馬車が我が家へ入ってきた。
「本当に来た・・・」呟く父上。うん、僕も同じこと今思ってた。
迎えの使用人が乗っているだけとはいえ、格上の公爵家の馬車だ。
家の中で待つという選択はしなかった。
が。
「き、今日は息子をよろしk」
言いかけた父上をこっそりつねって止める。
痛かったのか、背筋もピンと伸びたのでほっとする。
馬車から降りてきた執事服姿の年配の男性は、おそらくは侯爵家か伯爵家出身の方だろうけれど。
威厳も品位もあって、父上も圧倒されてるみたいだけれど。
それでもこの場では、彼は使用人でしかない。
伯爵閣下である父上が言うべきは「よろしく」であって。
「よろしくお願いします」ではない。
僕としては、まだ成人前。
「世話をかけます」と敬語は使ったが頭は下げなかった。
執事服は深く頭を下げ「勿体ないお言葉です」と僕に返し。父上には「ご令息様をお預かりいたします」と挨拶した。
・・・これを見る限り。かませ犬の僕にでも。馬鹿にしたりしないで、それなりの待遇をしてくれるつもりらしいな。
ふかふかのシート。広い室内。美しいレースのカーテン。
さすがは公爵家の馬車。
執事服と一緒じゃなかったらごろりと寝転がりたいくらいだ。
にこやかにしている彼が、僕を観察してることくらい気付いている。
我が家の恥になるわけにはいかない。
僕は興味なさそうに座っている・・・はずだ。
叔父上にも、領地のジジイどもにも。珊瑚にも鍛えられている。気持ちを隠すことは得意だ。心配そうな顔で見送ってくれた父上とは違う。
・・・あの父上の表情のおかげで。反対に落ち着いて僕は、取り繕っていられるんだけれども。
矛盾してるね。
門を潜ったのに。公爵邸は見えなかった。
タウンハウスだぞ?皇都に構えるのは普通、領地より小規模の邸のはずだ。
・・・なんて広さだ。
整えられた庭園を通り続け、やっと見えてくるのは美しい宮殿。うん、これはもう宮殿だな。
内心びっくりしていても、僕は表面上、たんたんとしていたはずだ。
玄関の車寄せに立っている人を見るまでは。
「・・」
先に気づいたのは執事服。彼もまた驚いたんだろう。
目を見開いた。
すぐに取り繕ったのは、さすがだなぁと思う。
馬車が停まり、外から侍従がドアを開けると。すぐに車内をのぞき込んできたのは。
「やぁ、よく来たね」
公爵閣下ご本人だった。
ひいって言わなかっただけ偉いと思う、自分でも。
・・・父上!芹!珊瑚!僕もう、逃げ出したいよ!
・
閣下は雑談をしながら、なんと自ら庭へ案内してくださって。
「撫子はガゼボに居るのだよ。あぁ、見えてきた。あすこだ」
閣下の視線を追うと、緩やかな丘となった高い場所に。ましろな異国風のガゼボ。
こちらに背を向けて、だれか椅子に掛けている。
「さて、私はここで遠慮しよう。
君が娘を気に入ってくれるといいのだがね」
にっこりと笑った閣下の気持ちは読めなくて。
そんなこと思いもしていないくせに、やはり高位貴族というものは凄いなぁと納得させられた。
「あの向こうには、君の好きな花も咲いている。庭園はどこにでも入れるよう許可を出しているから、見ていくといい」
・・・少し引っかかったけれど。ありがたく礼を言い、僕は立ち去る閣下を見送った。
はぁ・・・カエリタイ。
だめだ!
気合を入れて。
振り向き、小道を一人で進む。見上げる女性は長い髪で。結い上げもせずに垂らしている。豊かな。艶やかな。さらりとした。
ふわと少しだけ風に吹かれた髪はしっとりと元の姿に戻る。
もう髪だけでも。僕には友人にすらなれないほど遠い人で。
また帰りたくなる。
「ま、会って来なよ。
いいじゃない。将来、あの女公爵閣下と話したことがあるんだぜ!って自慢できるわ」
昨夜の友人の言葉を思い出す。
あいつ、ひとごとだと思いやがって!
幼馴染というべきか。相棒というべきか。彼女はすぐに僕を揶揄うんだ。
態と足音をさせて近づく。
小道はカーブを描きながら登っていて。ガゼボにつく頃には僕は彼女の真正面に居た。でも顔は見えない。
僕を見つけて立ち上がろうとしたのか、彼女は侍女のほうを振り向いてる。
身分の低いものからのお声がけは通常、できないが。
今回の場合、招待いただいた僕が名を名乗るのは許される。
「どうかそのままで」
立ち上がっていただくほどの僕じゃない。
「お初にお目にかかります。ウォルナット伯爵家次男、一位と申します」
貴族礼。
お声がかかるまで、僕はもう頭を上げることができない。
・・・ずいぶん長い沈黙で。
いくら気に入らないからと言っても。失礼な方だな、と少しむっとしていた。
「顔を・・・上げて」
侍女に促されたらしい。やっと声をかけてもらって、顔を上げた時。
僕はすっかり固まってしまった。
・・・なんて。
綺麗な人なんだろう。
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