撫子 (15歳と4か月)

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ほんの一瞬だったけれど。ためらった事に気づかれたのかもしれない。 水仙様はにまりとされた。 「・・・育ってきた環境というものは大事です。婚約者が彼のままでは、撫子嬢の足を引っ張るだけでしょう。しかし、この私なら。 公爵家は、公爵家同士。そう思われませんか?」 ”公爵家出身であることにプライドを持ち過ぎなの” ・・・花梨様が仰っていたのは、こういうところなのね。 「わたくしは、あの方が結婚相手で良かったと思っておりますわ」 なるべく感情を交えないように。聞きようによっては、仕方がないのだと聞こえるように。 この手の方に、弱みを握られるわけにはいかないもの。 ・・・目を合わさないで返事をした私の手から、先ほどのグラスが引き抜かれる。後ろから伸びてきたその腕は、私と同じ生地。 「失礼、お話し中でしたか」 ほぼ同時に頭の上から。柔らかく低い声が降ってくる。 真後ろに立っているのね・・・また、彼の香りがして。情けないわ、どうしてほっとするのかしら。 戻ってきた婚約者は、私の椅子に寄り添って立ち。 またも、水仙様からは。ぴったりと張り付いたと見えているはず。 「撫子はお酒が飲めませんので」 !よ、びすてに。された?聞き間違い、かしら。 私から取り上げたグラスを。彼はくいっと飲んでしまう。 ・・・どうしていつも、水仙様に対してけんか腰なのよ! 公爵家の方と話しているところへ、割り込んだりしてはいけないのに。 かなりイラっと来たらしい水仙様だったけれど。 ・・・それでもアルカイックスマイルで対抗して。 「やぁ、君か。 おや、君の服には、彼女の花の意匠はひとつだけなんだね? 君には重すぎるから、仕方ないのかな? その服も公爵家に用意してもらっているんだろう?実家に力がないというのは辛いね」 またも・・・嫌味を仰る。 私が、何か言ったほうがいいかしら。余計に拗れてしまうかしら。 つい婚約者を見上げると彼はにっこりと私のほうだけを見て笑って。 「確かに私には重い役目ですが、力の及ぶ限りお守りしたいと思っていますよ。ダンスにお誘いしたいのですが?」そう聞いてきた。 「もちろん」すっと手をあげて。立ち上がらせてもらう。 「では、失礼いたしますわ」と水仙様へ声をかけ。 私たちはダンスホールの真ん中へと進んだ。 もともと私の許可も取らずに座られたのだもの。私も立ち去る許可はいらないはずよ。 ダンスはこの1年、何度も一緒に練習してきた。節度を保った彼のダンスはお手本通りに・・・。 彼の手が、私の腰を支える。いつもと違って、まるで抱えるように。 「ち、近すぎませんか」 焦って訴えるけど。 「こちらを見ていらっしゃいますので」 それは、水仙様のことね。 「あんなやり方は・・・あまりよくないと思いますわ。 不敬罪だなどと、馬鹿なことを言い出しかねない方だわ」 「彼は苦手だと仰っていたでしょう? あなたを置いて離れたりして、申し訳ありません」 「助けて・・・くださったの?」 彼はそのことには返事をせずに・・・。そういえば、と呟く。 「お名を呼び捨てたりして申し訳ありませんでした」 やっぱり呼び捨てにされたのだわ・・・。 さっき感じたドキリが戻ってくる。顔が赤くなっていないといいのだけれど。 話題を変えたくて。 「どうして言い返さなかったのですか?」 踊りながら聞いてしまった。 ご実家のことを・・・馬鹿にされたのに。彼は怒らなかった。 「何を言い返すのです。 すべて本当のことではないですか」 その言い方がなんだか冷たくて・・・。はじめて、怒っているのかしら。と疑った。 「失礼を申し上げましたわ。 私のせいで、いやな思いをさせてしまって申し訳ありません」 「どうして敬語なのです。最近ずっと・・・どうして私に敬語など使うのです」 腰に回っている手がぐっと強張って。やっぱり怒っているのだわ・・・。 「申し訳なかったですわ。もっと早くからそうするべきでした。 我が家の使用人の態度のことも・・・お詫びします」 彼は確かに、何かを言おうとした。だけど、壁のほうを見たとたんに止めてしまった。ターンの時に確認すると、その方向には楓が立っていた。 「・・・近すぎました」 声とともに少し手が緩む。 「もうあの公爵家の男の姿は見えません。曲の途中ですがダンスを終了してもよろしいでしょうか」 言うなり、彼は上手にステップを止めた。最初から、ここまで踊るつもりだったかのように。 ・・・すぐに楓が来て。そのままダンスに誘ってくれた。
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