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「ここは・・・」
あれ?
ここは、保健室でしょ?
「・・・あやせんせ?」
1年半前。一緒に入学?した保健の先生。つまりその時、新任。
大学卒業したばかりだったせんせは話しやすくって。生理痛がひどい時にはお喋りに来たりしていた。
薬に頼りすぎるのもいけないからね。体をあっためたり、気分を変えるのもいいんだよって言ってくれて。
「わたし・・・どうしてベッドに寝てるんですか?」
途端にせんせは心配そうになる。
「覚えてない?
ほら、今日は球技大会で。バレーボールが頭に飛んできたそうなのよ?」
わたしは首をかしげながら、起き上がる。
あやせんせは手を貸してくれて。
「もう少しそのまま座っていなさいね」
と。枕を立てかけて背中に宛がって、掛けてあったタオルケットを整えてくれる。
「・・・どうしましょ。救急車を呼んだほうがいいかしら。いえ、直接病院へ?
ねぇ?ぶつかった時、すぐに倒れたわけじゃないのよね?」
小さく呟いてから、あやせんせは後ろを振り向いて訊いた。
?誰に?
「はい・・・しばらく必死に倒れまいとしている感じで・・・」
カーテンの向こうから低い声。
全然違う声なのに。この声はわたくしの婚約者だわ、とわかってしまう。
は?わたしには婚約者なんか居ないわよ!!
なんだか混乱してる自分に自分で突っ込んで。
「うーん、やっぱり病院は大げさよねぇ・・・」
またも呟くせんせに、何か聞こうとした時。
保健室のドアが一気に開かれた音と、一緒に大声。
「あやせんせっ。理子は大丈夫っ?」
優香だわ。
心配してきてくれたんだ、となんだかほっこりする。
「あ、大地!
あんたよくも、理子と付き合ってることあたしに内緒にしててくれたわね!」
は?
ていうか、それ、誰?わたしが誰と付き合ってるって言うのよ?
「え?カレシ出来てたの?ずるーい。せんせにも教えてよぉ」
あやせんせ・・・ま、こういう人だっけ。
あやせんせを押しのけてベッドへ来てくれた優香は、心配そうにわたし見る。
「理子、大丈夫?
あたし、二階にいたからさ。すぐに来れなくってごめん」
優香が言う二階、とは体育館のギャラリーのことだろう。
「あすこ階段狭いし。それでも急いできてくれたんでしょ?ありがと」
そう言うと。首を横に振りながら、ふふん。って笑う優香は小っちゃくって可愛らしくって。こんな時にもわたしのコンプレックスを刺激する。羨ましい。
「どう?頭は痛くない?」
あやせんせの問いかけに。
「はい、どちらかというと背中が・・・」
言いかけて、やめる。ベッドが固くて痛かった。なんて失礼極まりない。
「あら、背中も打ったの?倒れた時?」
「い、いえ。もう大丈夫です」
「倒れてないわよ、せんせ。あたし一部始終見てから、階段降りたもの!」
・・・優香、急いできてくれたわけじゃないのね。さっきの感謝返して。
じろって見てしまうと。優香はにんまりと笑う。
「仕方ないじゃなーい。すごかったんだから!
あたしの隣でキャッて声がして。多分その子。ボールがぶつかるトコ見たんだよね。
で、その子の視線を追って見下ろすと。
ふらっとした理子が、ある一点を見つめてから。
手を伸ばすとこだった。
相手は、大地。はぁ?!知り合いだったの?ってびっくりしてると・・・。
”いるのなら、早く助けて”
って言ったのよ。
あんな言い方初めて聞いたわ。まるで下僕に命令するみたいだった。
みんな圧倒されてたわ。女王様みたい!って。
大地もそれで慌てて近寄ったんでしょ?」
優香は振り向いて、やっぱりカーテンの向こうへ聞く。
「いや・・・なぜか。すぐに支えなくてはとあの時・・・そういえばどうしてだろう?」
低い声は、なんだか困惑してる。
「え、ちょ。待って。つ、つまりわたし」
「そう。
大地めがけて倒れ掛かった。
それを大地が抱き留めて・・・そういえば。あんた結構ちから強かったのねぇ?!
お姫様抱っこなんて初めて見たわ!」
へ?
「もう体育館、すごい事になってるわよ!
あのふたり付き合ってたのか?
そうなら、かなり隠してたんだな!
ええ?あのいい方はやばかったわよ!
自分のモノ扱いだったわ」
優香・・・モノマネしながら実況しないで・・・。
「大地?どうしたのよ。あんたもこっち来なさい?」
優香の言葉に。低い声は。
「だ、だめでしょ、優香ちゃん。女の人が寝ているところに入るとか・・・」
”変わらないのね、そういうところ”
・・・は?今、わたしなんて思った?
・
ベッドから起きて、乱れてた髪をまとめなおして。
もう大丈夫です、って言ったのに。
「もう少し様子を見たいから、こっちのソファで座って話していっていいよ」
・・・って、あやせんせ、にまにましすぎ。話が聞きたくて仕方ないって顔に書いてある。
カーテンを開け放すと。背が高くてがっしりした男の・・・人?
猫背で、前髪で目を隠してて。なんだかおどおどと頭を下げられた。
「・・・ど、どうも」
「初めまして。なんか・・・ごめんなさい」
なんと言いようもなくて。自己紹介すると、彼もまた名前とクラスを教えてくれた。げ、ひとつ年下。1年生なのね。
「「はじめまして??」」
ぽかんとするあやせんせと優香に。
正真正銘、初めましてだと告げる。
「じゃ、いったいなんで理子は。大地に向かってふらふらしながら2歩も歩いて。その胸に飛び込んだのよ?」
そんないい方されると、かなりつらい。
「わたしにもわかんないわ!
危ないって声がしたのしか覚えてないんだもの」
ひゅん、みたいなボールの音を聞いた気はするけど。その次の場面は保健室だった。
「・・・みんな、ふたりが付き合ってると思ってるよ・・・。
このままだと・・・大地の性格じゃ、不登校一直線だよ」
すっごく困った声の優香。その言葉にもっと俯く・・・大地、くん?
ぐっ。
確かに。
知りもしない人たちから囲まれて、色々聞かれる未来しか浮かばない。わたしはそれでも自業自得らしいけど。目の前でずっと黙っている彼は、親切心でわたしを運んでくれただけだというのに・・・。
「ごめんなさい!」
わたしは頭を下げる。テーブルに額がくっつくくらいまで。
おばあちゃんはよく言ってた。本当の謝罪は、後頭部が相手に見えるようにするものだ。
「彼女や好きな人がいるなら、その人にはきちんと説明するから」
自分のためにも、なんとか噂を打ち消したいけど。
”否定すればするほど面白く噂されるものだわ。こういう場合、新しいゴシップを提供するのが一番だけれど。何の噂を流したものかしら・・・。
今のわたくしには、侍女も執事もいないんですもの・・・”
ん?じじょ?わたしが次女だけど。
またもなんだか混乱していると。
「大地は・・・幼馴染なのよ。助けてくれるよね?」
優香の声。
その含んだ言い方がなんだか気になる。
・・・もしかして。
”まぁ、昔の婚約者は。今の友人の思い人だったってわけなのね”
むかし?も今も。わたしには婚約者なんか居ないったら!
だけど。
優香の好きな人に迷惑をかけたままにはできないわ。
「なんでもするわ」
悲壮に答えたわたしに。
「じゃ。とりあえずふたりには、付き合ってもらう」
へ?
「あ、じゃなくて。そのふりをしてもらう。
しばらくして。噂が落ち着いたころに別れればそれでいんじゃない?」
あっけらかんと優香は言った。
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