40人が本棚に入れています
本棚に追加
僕は「はあ?!」の形のまま口を開けて。
父上のほうは眉を下げた困った顔で。
しばらく見つめあってしまった。
・・・先に動いたのは父上で。
「あー。お相手は、マグノリア公爵家の撫子様だ」
いや、聞こえなくて聞き返したわけじゃありませんから、そんな暗い声でもう一度言わないでください。
言葉は理解してるんです。受け付けないだけで。
僕は口を閉じ。
・・・というのは冗談で・・・とか。言い出してくれないかな、父上。
期待を込めて真面目な顔で父上をじっと見る。
「だから。公爵家の・・・」
ダメだった。
「はい、聞こえました。父上」
2回目も聞こえなくて黙ってたわけじゃありません。
「どうして・・・僕、なのでしょう」
公爵家の撫子様といえば、現在我が国にたったひとりの公爵令嬢。
しかも、公爵ご夫妻のひとつぶだね。将来は女公爵になることが決まったお方だ。
遠目でお見かけしたことしかないが美しい方で。清廉で真面目な方だと言う噂も聞いたことがある。
結婚相手に困られるような方では決してない。
「わからん」
父上は頭を抱え、椅子にどさりと座られた。
「今日、しょう爵の手続きで皇城へ出向いたのだが・・・。
公爵閣下自らお声をかけてこられた。
代々堅実で、清廉なわが家が気に入ったと言ってくださった」
父上の目線を追って机の上の書類を見る。
おそらく公爵閣下より渡されたそれは。撫子様の釣り書きだけではなく、王家へ提出する婚約申請の書類も含まれて・・・?
「・・・これ、閣下の署名がすでに入ってませんか?」
呆れた声が出てしまった。
父上はごん、と音がするほど机に頭を衝かれた。
「どうやら・・・。
我が家のしょう爵の話も、公爵閣下が裏で動かれていた可能性がある」
子爵家から、公爵家へ婿入りはできない。
婚姻の爵位の差はふたつまで。
伯爵家であればぎりぎり公爵家と縁組ができるのだ。
「つまり・・・最初から、我が家から婿をと考えていらした?」
父上はくぐもった声で訂正された。
「いや、閣下は名指しでお前を、と言われた」
なぜ??
「ぼ、僕には特筆すべき利点はなく!」
剣の腕だってふたつ年上の兄上には及ばないし。他国語の習得などではひとつ年下の弟に及ばない。
「だ、誰かとお間違えではないのでしょうか?!」
焦って声が大きくなる僕に。応えるように父の声も大きくなる。
「俺だってそう言った!何とか断ろうともしてみた!」
・・・それはそうだ。格上も格上。
公爵家からの結婚の打診など。恐怖でしかない。
がばっと起き上がった父上は泣きそうな顔で。
「閣下はすべて論破されたんだ・・・」
まぁ、公爵閣下のお言葉に我が父上が勝てるとも思わないが・・・。
貴族らし(腹黒)さはぜーんぶ叔父上に譲ってしまわれた父上だもの。
あぁぁぁ。と呻いた父上は。
「あとは、顔合わせで双方が気に入れば決定だ・・・」
またも頭を抱えられたけれど。
それを聞いて、僕はほうっと息をついた。
「なんだ、良かった。それなら問題はないでしょう」
落ち着いた僕の声に父上は不思議そうに手を下ろされる。
「公爵令嬢のお噂は聞いてます。非の打ちどころのないご令嬢なのだとか。
それほどの方が、僕を気に入るはずがありません。
すぐにあちらから、お断りなさるでしょう」
ご令嬢を溺愛なさっている閣下のお話も有名だ。
公爵閣下のすすめたい婚約者は他にいて。
僕と比べてそちらがいいと思わせるための顔合わせなのだろう。
そう説明すると父上は納得いかない顔で僕を見る。
「お前は自慢の息子だ」
怒ったように言わなくても。
「わかってますよ。僕にだって自慢の父上です。
しかし、この話は断ってもらったほうがいいではありませんか」
僕が笑うと。
「とにかく・・・5日後。公爵家から迎えが来る。
既成のものでもいいので、それなりの服を用意するように」
父上はそう言って書類をまとめ・・・かけて。
「あぁぁ!もう!」と叫んでまた机へ放りだされた。
最初のコメントを投稿しよう!