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撫子 〈15歳と2か月〉
「・・・あぁ。本当になんて綺麗なんだ。
あんなに小さかった撫子が、こんなに大きくなって。
デビュタントを迎えるなんて。お父様は・・・」
侍女たちがすっごく張り切ってくれて。出かける準備が整って。
玄関ホールへ降りてきて。両親はもう待っていてくださって・・・。
あー。お父様ったら、同じ言葉をまた繰り返される気だわ。とちょっと遠い目になってしまう。
お父様は、実はお若いころ。たくさん恋をなさったのかしら?そう思うくらい美辞麗句がどんどん出てきて。いっぱい褒められて。それが2巡目。恥ずかしいから、もうやめてほしい。
デビュタントのエスコートは婚約者だけれど。
今日の夜会では、お父様とお母様もずっと一緒にいてくださるという。
大人になったお祝いだから、と仰っていた。そういうものなのかしら。
「・・・あぁ、しかし。あまりに肌を出しすぎではないかなぁ」
誉め言葉の3巡目は回避できたみたいだけど。お父様は私の肩を見て眉を下げてしまう。
でも。
デビュタントのドレスはこういうものだわ。ビスチェタイプの真っ白なドレス・・・実は、私も肩が出ている事にドキドキしてしまっているけど。
「このタイプが今年の流行らしいですわ。わたくしもこんなドレスが良かったわ。お母様の時はオフショルダーが流行っていたのよ」
お母様も、とっても似合っているわと言ってくださった。
「遅れていらっしゃるなんて、珍しいですね」
婚約者は、どんな約束にも遅れたことはなかったのに。まだ来ていないことを不思議に思ってそう言うと。
「あら、いけない」とお母様。
「すぐに入れて差し上げて。
もう、ずっと前にいらしたんだけど、お父様が親子水入らずで話をしてからにしてくれって、追い出してしまわれたのよ」
まぁ!なんてこと。いくら何でも失礼ですわ!
そう怒ると、お父様はしゅんとなさった。
侍女が玄関を開けると、すぐに彼は入ってきた。玄関の前で、待っていてくれたのだわ、とさらに申し訳なくて。
彼もまた、今日が夜会デビュー。伝統的な衣装を着ていらした。
「本日は、ご令嬢撫子様のデビュタントおめでとうございます。エスコートを任せていただき光栄です」
両親へ先に挨拶。
「君こそ、今日から大人の仲間入り。おめでとう」
「ありがとうごさいます」と礼をして。
彼は私のほうを向いた。
「とてもお美しい。まるで女神のようです」
紳士の微笑み。丁寧に差し出されるエスコートの手には、白い手袋。
中肉中背。眼は大きくも細くもなく。鼻は低くも高くもない。唇は薄くって。
無表情だと意地悪そうにすら見える人。それほどイケメンではないわ。十人並み・・・いえ、5人並み?といったところ。
なにもかもが、標準的な方。
私の・・・婚約者。
公爵家の馬車に彼は乗り換えて。
4人で皇宮へ進む。
お父様と彼は。馬車の中で政治の話をしはじめた。
お母様は、ちらりと目くばせをなさる。
女性を退屈させるなんて、お父様も彼も最低ね。
真面目な方だということは間違いがない。だけど・・・。
せめて、もっと。褒めてくださったっていいじゃないの!
いくら、政略の相手だとしても。あまりにおざなりな誉め言葉だった。
初めて大人っぽく髪を結いあげているというのに。
初めて大人っぽくお化粧をしているというのに。
お父様ほどではなくても・・・もう少しいろんな言葉が聞きたかったわ。
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