撫子 〈15歳と2か月〉

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先ほど確認していた方向へ、と向いただけで。 「撫子」 迎えに来てくださったお父様に手を取られた。 お母様が待つほうへと、エスコートしてくださる。 心配性はいつものことだけど。 「殿下はその・・・大丈夫だったかい?」 紫蘭殿下が絡むと余計にお父様は心配なさるのよね。大丈夫か、とか聞くなんて不敬ですよ? 「殿下におかれては、いつものように冗談を仰っただけでしたわ。ご心配はいりません」揶揄われてるとは感じてるけど、まさか虐められているとは思っていないわ。 にっこりそう言ったのに。 お父様はやっぱり苦い顔をなさった。 「撫子の声が大きかったおかげで。ご令嬢が列をなしてますわ。 それで良しとなさいませ」 お父様を宥めるようにお母様。 どういう意味かしらと、両親の視線を追うと。 やっぱり殿下は順にデビュタントのご令嬢と踊っていらした。この分では、全員と踊ることになりそうね。 「夜会デビューで皇子殿下と踊った。きっと素晴らしい思い出になりますよね。 さすが、殿下はお優しいですわ」 「「「・・・」」」 3つの何か言いたげな気配がして。私は振り向く。ふたつは両親。 もうひとつは・・・。 「お疲れではないですか」 婚約者。オレンジ色の液体の入ったグラスを差し出してくれる。 「アルコールは入っておりません、どうぞ」 ・・・どこへ行ったのかしら、と思っていたわ。殿下と踊っている間も両親のそばには居なかったもの。 言われてみれば、のどが渇いてる。3曲のダンスはなかなか体力を使う。 ありがとうと受け取って。 「飲み物を取りに行ってくださっていたの?」聞いてみる。 アルカイックスマイルのまま、彼は。 「はい。おふたりのダンスを見ているのが辛かったものですから」 そうは全っ然見えない瞳で言う。嘘ばっかり。 じっと見返しても、動揺ひとつしない。 ・・・そうね、ある意味で彼は。 弁えているのだわ。 公爵家へ婿に入る、女公爵となる私の下につく立場になる。 その意味を理解している。 爵位を継ぐのは、私だから。 お父様は結婚後も彼に、公爵家の極秘事項を伝えないのかもしれない。 この結婚は政略だもの。 きっと彼は、私の機嫌を損ねないで過ごしていけばいい。と思っているのでしょう。 「撫子が踊れないなら、お母様と踊ってきていいかい?」 お父様の言葉に。 「まぁ。わたくしは娘の代わりですの?」睨むようになさるお母様。 「まさか!失言でした。どうか、私めに貴女と踊る栄誉をお与えください」 正式な作法でダンスに誘われるお父様。 ・・・身内なのにこう思うのは恥ずかしいけど、お父様とっても素敵だわ! くすくすと笑いあったおふたりは。ダンスをしに中央へと出ていかれた。 婚約者は、半分ほどを飲んでいた私のグラスをそっと取り上げ。給仕へ返してくれたけれど。私に話しかけもしないし、他の場所へ行こうと誘いもしない。 両親のダンスを見ていたい、そう思ったことを。彼はわかってくれている。 「撫子嬢」 なのに、邪魔する人はいて。 あなたに名前を呼んでいいといった覚えはなくってよ!って言ってやりたいけど・・・。 もうひとつの公爵家の方となれば、そうもいかない。 「パイン公爵令息様。ごきげんよう」 ひとつ年上の彼は、公爵家の次男。ぱっちりとした大きな目。ふぁさふぁさしてるまつ毛。高い鼻。磁器のようなすべすべ質感の肌は白く輝いてる。 ・・・いやね、私より美肌かも。 「あぁ、そんな呼び方は寂しいなぁ。どうか水仙と呼んでください」 唇はふっくらと。中性的なイケメン。そういえば、水仙というお名前だったわ。 お茶会で数回ご一緒しただけなのに、どうしてこんなに馴れ馴れしいのかしら。 アルカイックスマイルを返すと。 「デビュタントおめでとう。これからは、夜会でお会い出来ますね。 ・・・あぁ、それにしてもなんとお美しい。 髪をおろしていらっしゃるのもお可愛らしかったが。今夜の髪形はまた・・・」 お父様以上の美辞麗句が始まった。 舐めるような視線が、気持ち悪い。露出した肌ばかり見られている気がする。 パイン公爵家の方は厳格で真面目な方が多いのに・・・この方は少し違うみたいね。 どうして私に声をかけられたのかしら。 「そのドレスの刺繡は・・・私の意匠だったなら。もっと鮮やかな黄色が映えましたのに」 ちらりと婚約者のほうを見る水仙様。 私のドレスのすそには薄い黄色・・・いえ、アイボリー色の小さな小さな花の刺繡がぐるりと施されている。そう、これは婚約者のお印(シンボル)。 婚約者がいる場合。こうやって、お相手の名前にちなんだ意匠(デザイン)を刺繍したり、宝飾品にしたりするものなのよね。 この花の色は、確かに白いドレスに埋没しそうだけど。実は、光の加減でその形が浮き彫りになるの。輝いて見えるのよ。 気にいっているのにけなされて。少しむっとしてしまう。 「本当に。このような地味な色の花だというのに。撫子様は着こなしてくださって。嬉しい限りです」 え?
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