40人が本棚に入れています
本棚に追加
先ほど確認していた方向へ、と向いただけで。
「撫子」
迎えに来てくださったお父様に手を取られた。
お母様が待つほうへと、エスコートしてくださる。
心配性はいつものことだけど。
「殿下はその・・・大丈夫だったかい?」
紫蘭殿下が絡むと余計にお父様は心配なさるのよね。大丈夫か、とか聞くなんて不敬ですよ?
「殿下におかれては、いつものように冗談を仰っただけでしたわ。ご心配はいりません」揶揄われてるとは感じてるけど、まさか虐められているとは思っていないわ。
にっこりそう言ったのに。
お父様はやっぱり苦い顔をなさった。
「撫子の声が大きかったおかげで。ご令嬢が列をなしてますわ。
それで良しとなさいませ」
お父様を宥めるようにお母様。
どういう意味かしらと、両親の視線を追うと。
やっぱり殿下は順にデビュタントのご令嬢と踊っていらした。この分では、全員と踊ることになりそうね。
「夜会デビューで皇子殿下と踊った。きっと素晴らしい思い出になりますよね。
さすが、殿下はお優しいですわ」
「「「・・・」」」
3つの何か言いたげな気配がして。私は振り向く。ふたつは両親。
もうひとつは・・・。
「お疲れではないですか」
婚約者。オレンジ色の液体の入ったグラスを差し出してくれる。
「アルコールは入っておりません、どうぞ」
・・・どこへ行ったのかしら、と思っていたわ。殿下と踊っている間も両親のそばには居なかったもの。
言われてみれば、のどが渇いてる。3曲のダンスはなかなか体力を使う。
ありがとうと受け取って。
「飲み物を取りに行ってくださっていたの?」聞いてみる。
アルカイックスマイルのまま、彼は。
「はい。おふたりのダンスを見ているのが辛かったものですから」
そうは全っ然見えない瞳で言う。嘘ばっかり。
じっと見返しても、動揺ひとつしない。
・・・そうね、ある意味で彼は。
弁えているのだわ。
公爵家へ婿に入る、女公爵となる私の下につく立場になる。
その意味を理解している。
爵位を継ぐのは、私だから。
お父様は結婚後も彼に、公爵家の極秘事項を伝えないのかもしれない。
この結婚は政略だもの。
きっと彼は、私の機嫌を損ねないで過ごしていけばいい。と思っているのでしょう。
「撫子が踊れないなら、お母様と踊ってきていいかい?」
お父様の言葉に。
「まぁ。わたくしは娘の代わりですの?」睨むようになさるお母様。
「まさか!失言でした。どうか、私めに貴女と踊る栄誉をお与えください」
正式な作法でダンスに誘われるお父様。
・・・身内なのにこう思うのは恥ずかしいけど、お父様とっても素敵だわ!
くすくすと笑いあったおふたりは。ダンスをしに中央へと出ていかれた。
婚約者は、半分ほどを飲んでいた私のグラスをそっと取り上げ。給仕へ返してくれたけれど。私に話しかけもしないし、他の場所へ行こうと誘いもしない。
両親のダンスを見ていたい、そう思ったことを。彼はわかってくれている。
「撫子嬢」
なのに、邪魔する人はいて。
あなたに名前を呼んでいいといった覚えはなくってよ!って言ってやりたいけど・・・。
もうひとつの公爵家の方となれば、そうもいかない。
「パイン公爵令息様。ごきげんよう」
ひとつ年上の彼は、公爵家の次男。ぱっちりとした大きな目。ふぁさふぁさしてるまつ毛。高い鼻。磁器のようなすべすべ質感の肌は白く輝いてる。
・・・いやね、私より美肌かも。
「あぁ、そんな呼び方は寂しいなぁ。どうか水仙と呼んでください」
唇はふっくらと。中性的なイケメン。そういえば、水仙というお名前だったわ。
お茶会で数回ご一緒しただけなのに、どうしてこんなに馴れ馴れしいのかしら。
アルカイックスマイルを返すと。
「デビュタントおめでとう。これからは、夜会でお会い出来ますね。
・・・あぁ、それにしてもなんとお美しい。
髪をおろしていらっしゃるのもお可愛らしかったが。今夜の髪形はまた・・・」
お父様以上の美辞麗句が始まった。
舐めるような視線が、気持ち悪い。露出した肌ばかり見られている気がする。
パイン公爵家の方は厳格で真面目な方が多いのに・・・この方は少し違うみたいね。
どうして私に声をかけられたのかしら。
「そのドレスの刺繡は・・・私の意匠だったなら。もっと鮮やかな黄色が映えましたのに」
ちらりと婚約者のほうを見る水仙様。
私のドレスのすそには薄い黄色・・・いえ、アイボリー色の小さな小さな花の刺繡がぐるりと施されている。そう、これは婚約者のお印。
婚約者がいる場合。こうやって、お相手の名前にちなんだ意匠を刺繍したり、宝飾品にしたりするものなのよね。
この花の色は、確かに白いドレスに埋没しそうだけど。実は、光の加減でその形が浮き彫りになるの。輝いて見えるのよ。
気にいっているのにけなされて。少しむっとしてしまう。
「本当に。このような地味な色の花だというのに。撫子様は着こなしてくださって。嬉しい限りです」
え?
最初のコメントを投稿しよう!