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「やっと完成した これが悲願のタイムマシンだ!」
薄暗い研究室で汚らしい男が叫ぶ
髪はボサボサ 来ている白衣は染みだらけ
風呂もろくに入っていないだろう
それでも目だけは肉食獣の如くらんらんと輝いている
「これで私は過去へ飛ぶのだ まだ誰も見たことのないエディアカラ紀の謎を解き明かすのだ」
意気揚々と目の前の機械へ乗り込む
独特な見た目を無理矢理例えるならば有人潜水船しんかいのよう
窓も無い無骨な鉄の塊 一見しただけでは何に使うのかわからない
博士は艦内のスイッチをピコピコといじる
そこはまるで飛行機のコクピット 複雑な計器がズラリと並ぶ
モニターの横にはお気に入りの化石も鎮座している
どれも未だにどんな化石か詳細不明 機械の破片としか思えないような不気味な物もある
だからこそエディアカラ紀に興味を持ったキッカケであり、タイムマシンを作ってまでも生で見たいと思った衝動の始まりだ
静かに撫でれば冷たい石の触感が気持ちを落ち着かせてくれる
「目標 5億4100年前のエディアカラ紀 夢の楽園へ行こうではないか!!」
眩い光と轟音に包まれる
ジェットコースターの急降下のような強烈なGを耐えながら数分
いきなり青空に投げ出された
「ついた、のか? ここが夢に見たエディアカラ?」
進化の歴史において楽園と呼ばれる時間がある
他の生物を襲って食べる捕食生物がまだ存在しないため闘争が無く、不思議で奇妙な生物達が海底を這いずり回っていた時代
それがエディアカラ紀だ
みんな大好きな恐竜よりもずっとずっと前 有名な三葉虫すらいない時代
もちろん大陸はあるものの、まだまだ進化の途中なため陸生生物は存在しないはず
それなのに艦内モニターに映る光景はまるで
「どういうことだ リゾートビーチじゃないか……」
たくさんの人で溢れていた
奥には自分が乗っているようなタイムマシンがズラリと並んでいる
「あっ!来ましたね博士」
呆然としながら着陸すると1人の男が近寄ってきた
あっというまにタイムマシンのドアロックを外し中を覗き込んでくる
おかしい 操作方法は自分しかわからないはず
なのにどうしてこう軽々と……?
「うわ~ 凄いな コレが初期型のタイムマシンか 博物館以外で初めて見ました」
「なんなんだね君は いったい何がどうなっている」
「もちろん全て説明しましょう さぁさぁ降りてきてください」
言われるままに降りれば拍手喝采で迎えられる
あぁそうか 僕は死んだんだな これは天国の光景か
時を遡るなんて無理だったんだ 爆発でもして死んだのだろう
「陸生生物はおろか人なんているはずのない時代がどうしてこうなっているのか 混乱しているでしょうが聡明な博士ならすぐに理解しますよ」
コンテナハウスのような建物へ案内された
食事中の人やメニュー表もあるためここはレストランか?人がいるだけでなく店まであるのか?
「それでは博士説明しましょう どうしてエディアカラ紀がリゾート地になっているのかを」
博士が作ったタイムマシンによって未来では過去への旅行が大人気
しかしタイムパラドックスを起こさないため過去に生きている人達とは接触禁止
そのため中途半端な過去では不便なだけで楽しくない
そこで目を付けたのがエディアカラ紀
もちろん人はまだ生まれていないためタイムパラドックスの心配も無く
陸生生物もいないため安心安全
だからこそ未来の食品や機械を持ち込み放題
さぁみんなで原始の地球を楽しもう!!
「というわけなんです その結果見ての通り大盛況ですよ」
「まさか僕の作ったタイムマシンが いやしかし誰かに売り渡す気も、それどころか公表する気もないぞ」
「実はずっと博士を監視している秘密組織がありまして 博士の死後に研究日誌やタイムマシン全てを押収しました そして改良を重ね量産できるまでに進化したのです」
「だからといってこんなのは冒涜だろう もしも進化を妨げてしまったら人類すら生まれないかもしれないんだぞ」
「ご心配なく そこは細心の注意をはらっています バタフライエフェクトなどを踏まえて計算をするAIによって統率されていますから」
「だがそれでも!!!」
騒ぐ博士の眉間に銃口が突きつけられる
「さて説明は終わりです AIによればこの事実を知ってしまった博士は全ての研究日誌とタイムマシンを焼き払い一切の証拠を残さなかった だからここで始末する必要があるんです」
「ここで私を殺さなければ、未来が変わってしまうというのか?」
「どうやらそのようです 難しいことはわかりませんがAIがそう言いましたから」
「全てが決定事項というわけか」
「ちなみに博士の研究室には別動隊が向かっています 今頃全てを押収していますよ」
博士は静かに目を閉じる
いまさらジタバタしてもどうにもならない
むしろ夢に見たエディアカラで死ねるなら光栄だ
「なんてな 大人しく従うと思ったか?」
博士は白衣の懐から手早くリボルバーを取り出すと怒りのままにぶっ放した
目の前の男も 食堂にいる他の人間も
あたり一面を血の海に染める
「未知の時代へ行くために丸腰で来るわけなかろうがぁ!! なにがAIだ、未来人だから全てを知っていると勘違いしていたか? ふざけるな!!!」
そのまま飛び出し逃げ惑う人々の背中に銃弾を浴びせる
ズラリと並んだタイムマシンも破壊しつくす
エディアカラに不純物はいらない 徹底的に排除する
闘争など存在しないはずのエディアカラに悲鳴が響く
すると何台かのマシンがタイムワープしてきた
すぐさま着陸し中から兵士が大量に降りてくる
完全に武装し顔も見えないが頭が異様に大きい
そしてその手には仰々しい銃のような武器が握られていた
すわ敵か この際もはや関係ない
そんな気持ちで銃口を向ければ
異形の戦士は慌てふためく未来人を狙い始めた
呆気にとられた博士を無視し、周囲一帯の掃討を始める
銃のような武器からは一筋の光が伸び、それに当たると一瞬で倒れていく
よく見ればそのような部隊とは別に、肉片や壊れたマシンのひとかけらも残さないように拾い集める別動隊もいた
なにがなんだかわからないまま眺めていれば1人の兵士が近づいてくる
「遅れてすみませんでした博士 御無事ですか?」
「アナタ達は一体?」
「そこに転がる亡骸よりも遥か未来に生きる人類 といった所でしょうか」
「ならばそんな未来人がどうして未来人を殺した?」
「こいつらがエディアカラ紀で遊んだせいで、進化の歴史に歪みが生じました 些細で誰も気づけない歪みは長い長い時間をかけて次第にその影響を強め、そしてついに取り返しのつかない事態を引き起こしたのです」
「そんなことが……」
「詳細を教えるわけにはいかないので、曖昧な表現になってしまって申し訳ございません しかしこの顔が証拠です」
兵士はどこか躊躇いながら、ゆっくりとフルフェイスヘルメットを外した
そこにあらわれた顔は
「――ッ」
「驚かれるのも無理はありません とても人には見えないでしょう?」
まず大きい それでいて歪んでいる
人の顔といえば左右対称だが、眼のついている位置がバラバラのうえ大きさも違う
どう取り繕おうとも不気味な怪物としか形容できない
「すみません 僕が軽率に作った機械で こんなことに なんで」
「それは違います 博士の作った技術は素晴らしく、間違いない偉業だと胸を張ってください その使い方を我々未来人が間違えてしまった むしろ謝らないといけないのはコチラです」
「それでも僕は」
「まだ頭の整理がつかず混乱しているでしょう 安心してください、研究室に押し入った敵も排除済みです 今日はどうかお帰りください」
「えぇ はい」
ゆるゆると亡霊のような足取りで自前のタイムマシンへ戻る
少し前には輝いて見えた夢の愛機も、いまではくすんだ罪の証だ
ドカリと座って大きな溜息を1つ
頭がグルグルと混乱する ただエディアカラ紀の生態系を知りたいと、そう思っただけだったのに
いいや とりあえず現代へ帰ろう
こんな弱った状態でタイムワープに耐えられるかな いや、耐えられなかったらそれでもいっか
どこか投げやりな思いでエンジンをかけた
ふと気分を落ち着かせるため、モニター横の化石に手を伸ばす
しかし手には何も感じない
あるはずの場所を何度も探るが、どれも跡形も無く消え失せていた
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