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初めましての竹中さん。
城の入口には私達とあまり歳の変わらないように見える男の人が立っていた。ワイシャツにスラックス。そしてやけに遠い目をしている。この人が案内人なのか。息を整えながら考える。恭子は遠慮の欠片も無く、すみません、と声を掛けた。
「私達、ナイト・ツアーに申し込んだ者ですが」
そう言われて目の焦点が恭子に合った。あぁ、とポケットから紙を取り出す。
「お名前、よろしいでしょうか」
「秋葉恭子です。こっちは山科葵」
私の紹介までしてくれた。どうも、と軽く頭を下げる。彼は紙に何事か書き込んだ。名簿にチェックでもしているのかな。
「それではお揃いになりましたのでナイト・ツアーを始めます」
「え?」
辺りを見回す。男の人。恭子。私。三人しかいない。何か、と首を傾げられる。
「参加者って私ら二人だけですか」
「こら葵、失礼でしょ」
「だって夏休み企画だぜ。子供とかいないのかよ」
「いいじゃない、貸し切りで。ゆっくり見て回りましょう」
私達のやり取りに男の人はがっくりと肩を落とした。そして、そうなんです、と呟いた。
「貴女達二人だけが参加者なのです」
えらくしょんぼりしている。お客を前になかなかどうして自分に素直な人だ。
「元気が無いですね。何か事情がおありですか」
恭子がずけずけと踏み込む。私には出来ない芸当だ。しかし彼はその段になってようやく自分の役割を思い出したらしい。いえ、と手を振り笑顔を浮かべた。
「何でもありません。失礼しました。それでは準備が整っているようでしたらツアーを開始致します。出発してよろしいですか?」
揃って頷く。かしこまりました、と彼は背筋を伸ばした。
「申し遅れました。私、本日ツアーを担当させていただく竹中と申します」
何となく拍手を送る。恭子は乗らなかった。一人で馬鹿みたいに手を叩く。ありがとうございます、と一礼を返された。ちなみに拍手に深い意味は無い。
「入城に先立ちまして参加料金をお預かり致します。お一人様、五百円ですね」
恭子が千円札を取り出した。私は丁度五百円玉を持っていたので恭子に渡す。竹中さんは千円札を受け取ると、名簿と思しき紙に再び何かを書き込んだ。
「では、ナイト・ツアーの始まりです。夜の華川城を開放することはありませんのでレアな体験なんですよ。どうぞ、お写真など好きなだけ撮って下さい」
そう言われては撮らざるを得ない。スマホを取り出し真下から天守閣を写真に収める。傍らでは恭子がしゃがみこみ、地面にスマホを置いていた。
「何してん?」
「こうやって撮るとより一層高さが出るのよ」
なるほど、と感心する。撮った写真を見せて貰うと、主に写っているのは夜空で天守閣は画面の隅に見切れていた。
「撮る際に画面を確認出来ないのが欠点なの」
馬鹿じゃねぇの。喉まで出かかったけど飲み込む。意外と恭子は傷付きやすい。優しくしてあげないとね。
「お兄さん、一緒に撮りますか。両手に花っスよ」
からかい半分、竹中さんに提案する。いやいいです、と両手をぶんぶん振った。
「やめなさい葵。困らせるんじゃないの」
へいへい、と腕を広げる。竹中さんはほっと息を吐いた。そして城の中へ踏み込む。さて、ナイト・ツアーのスタートだ。
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