36人が本棚に入れています
本棚に追加
「えっ? 大丈夫なの?」
「ええ、勿論よ。ねぇ、覚えている? 私が火星へ行きたいって言ったのを?」
私は先週聞いた彼女の言葉を思い出していた。
「ええ、宇宙にそして火星に行きたいって言ってたよね」
彼女が大きく頷く。
「そう。もう私自身は火星へ行けないけど、もし私の制御則を載せた探査機が火星に到達出来れば、それは私の分身が火星に行ったのと同じよ。是非、やらせて!」
私は少し考えてから彼女に答えた。
「分かった。でも治療を優先して絶対無理はしないこと。いいわね」
「うん、分かってる。それでマルス2はいつ火星に向かうの?」
「来週にケネディ宇宙センターから打ち上げられるわ。その後、金星と地球のスイングバイをして火星到達は十カ月後よ。それまでに降下プログラムを完成させてOTAで書き換えを行いたいの」
「分かった。とても嬉しい。でも感謝はしない。これはお互いがWIN―WINの取引って事で良いわよね?」
「ええ、勿論よ。でも先週の緊急着陸の時もそうだったけど、わざわざ感謝しないって宣言する必要があるの? どうしてそんなに頑なになるの?」
彼女が小さく溜息を吐いた。
「私は両親に捨てられて施設で育ったの。だから幸せを掴む為には自分で努力するしかなかった。そして誰にも頼らず飛び級で博士課程に入った。これまで私は一人で生きて来た。そして一人で死んで行くんだから誰にも感謝はしないって決めたの」
そう宣言する彼女の顔は少しだけ悲しげに見えた。
最初のコメントを投稿しよう!