はじまり

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 最初からだったんだ。  課長を助けるために触れた瞬間から、私はもう堕ちていた。  冷静にって心がけてはいたけど、支えて歩いていた時に触れていた腕や身体の温かさで、私の心の中央はしっかり熱を帯びていた。ベンチやタクシーで座った時に離れた瞬間、寂しかったのを覚えている。  そして今、唇が触れた瞬間に私の理性は吹き飛んだ。  どうなっても構わない、この人が欲しい。  体を反転させ私が上になるーーつまり、いただきます。 「はぁぁ、やっちゃったなぁ」  課長の家のベッドの上で一人目覚めた時の私の気持ちだ。  音がしているから課長は隣の部屋にいるみたいだけど、どんな顔して会えばいいのやら。  いや、後悔しているわけではない、決して。  してはいないけどさ、課長はどう思ってるのか。同意も取らずにいきなりだったもんな、嫌がってはいなかったと思うのだけど。舞い上がっていたとしても、さすがに拒否られたら止めてたと思うし。いや、本当のところはどうだったんだろう? まずは謝るべきか。いやでも昨夜は、なんというかとっても幸せな時間だったなぁ、あ、私にとってはだけど。 「はぁぁ」  ウダウダと思考を巡らせ時間だけが過ぎていく。 「山本さん起きてる?」 「は、はいっ」 「朝ごはん出来たけど食べられる?」 「あ、はい。今すぐ」 「ふふ、いいわよゆっくり準備して来て」 「はい」  うわぁ、びっくりした。  反射的に会社にいる時のように返事しちゃった。 「あり合わせで作ったから大したものじゃないけど」 「いえそんな、凄く美味しそうです。いただきます」  課長の手作りってだけで貴重なのに、それはとても美味しくて。 「お味噌汁、感動的な美味しさです」 「そう? 良かったわ」  この卵焼きも美味しっ。 「昨日はありがとう」  課長の言葉に我に返る。  食事に夢中になっていてすっかり忘れていたけど、謝った方がいいのかな。 「わざわざ家にまで送ってくれて。今日が土曜日で良かったわ、あ、でも今日予定があったりしたら申し訳ないわね」 「いえ、何も予定はないです」  あれ、この感じは……帰ってからのアレコレは覚えてないのかな? それとも、忘れてるフリ?  とりあえずは怒っているわけでも、嫌われているわけでもなさそうなので、ホッとした。 「何かお礼しなきゃね」 「え、いいですよ。朝ごはん頂きましたし」 「あら、こんなのではお礼にならないわよ」 「いえ、本当に大丈夫ですから」    食後のコーヒーまで頂いて、帰る支度をする。 「タクシー呼ぼうか?」 「いえ、電車で帰れますから」 「じゃ、駅まで送るわ」 「いえいえ、大丈夫です。課長はゆっくりしていてください。二日酔いとか大丈夫ですか?」 「ええ、それは。アルコールには弱いけど、そんなに量は飲んでないしね」 「昨日の夜のことなんですけど……」  本当に覚えてないのかが、どうしても気になる。 「えっ?」  あ、動揺してる……ような、微かに頬に赤みも刺してる? 「あ、いえ、何でもないです。帰りますね」  飯田課長は、なかったことにしたいのかな。  あの情事(よる)のこと。  私はどうしたいのか、一人考えながら歩いた。
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