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「ミウ、お前最近あまり家にいないな。どこ行ってるんだ?」
海斗が猫のミウを膝の上に乗せて、頭を撫でてくれている。
あたしは「ニャア」と答える。
「別宅でもできたかな……」
海斗が呟いた。
とんでもない!あたしの家はここだけだよ!
「ニャア」と抗議する。
海斗は笑った。
「会話してるみたいだな」
猫でいると、言葉が通じなくてもどかしい。
でも、この距離でいられる安心感も捨てがたいな、と海斗の膝の上で喉をゴロゴロ言わせながら思うあたしだった。
海斗が心配するのも無理はない。
あれから二週間、毎朝日の出も日没も学校で迎えるようにしていた。
通学鞄などは学校の裏庭の例の場所に置いて、そこで日没を待ち、猫の姿に戻ってから家に帰る。
だから近所の神社で変身するより家に帰るのも遅かったし、朝は早く家を出た。
そうして、あたしは学校をパトロールしていたのだ。
そしてその朝はやってきた。
まだ夜が明けきらない時刻。
あたしが猫の姿でパトロールをしていると、仄暗い体育館の方から何か物音がする。
ボスッ。
シュー。
バンッ。
規則正しく聞こえてくるその音の方へ、近づいて行った。
まだ日も上らない学校で、何が起こっているんだろう?
体育倉庫にだけ灯りがついていて、中から音がする。
あたしはは猫の姿なのをいいことに、体育倉庫の入り口まで大胆に近づいた。
後ろ姿が見えた。
あれはーー湯田先生?
先生がバレーボールのカゴにかがみ込んでいる。
次の瞬間、手に持った鋭いナイフを突き刺した。
ボスッ。
シュー。
空気の抜けたボールをナイフから引き抜き、床に投げ捨てる。
バンッ。
先生は単調にその動きを繰り返していた。
あたしは恐る恐る、顔が見える位置まで近づく。その顔を覗き込んでゾッとした。
先生は薄く笑っていた。
逃げなきゃ……!
本能的にそう感じた。
来た方向に戻ろうと身体の向きを変えようとした途端、先生がこちらを向いた。
目が合う。
暗い光を宿した目。
瞬間、あたしの頭の中に瞬くように映像が見えた。
ーー雨。
捨てられて鳴いているあたしを持ち上げた手。
もう片方の手に握られていたボールペンの先が身体に振り下ろされるのが、スローモーションのように再生される。
痛みで気を失いかけたあたしが見たのは、湯田先生のあの顔だった。
映像の中の湯田先生は、今と全く同じ顔をして冷たく笑っていた--。
恐怖が身体を駆け抜けた。
「なんだ、猫か」
湯田先生は、そう言うとこちらに一歩近づいてきた。
ーー逃げなきゃ。
でもあたしはまださっきの映像を見たショックから抜け出せずにいた。
身体が硬直して動かない。
そんなあたしの襟首を、湯田先生は軽く捕まえて目の高さまで持ち上げた。
いやと言うほど間近で湯田先生あたしの目が合う。
「なんか見たことあるような猫だな。まぁ、どこにでもいるノラネコか」
あたしは思いっきり、湯田先生の顔を引っ掻いた。
「イッテェ!このクソ猫!!」
逆上した湯田先生が、思いっきりあたしを壁に叩きつけた。
落ちてきたあたしの身体をもう一度、湯田先生は蹴り飛ばす。
全身を叩きつけられる衝撃に次いで、お腹に激痛が走る。
「死んだか?」
薄れていく意識の中で、湯田先生の声を聞いた。
そのまま、あたしは意識を失った。
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