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「山中さん、これ着てみて!髪型もいじらなきゃ。アクセもつけてみよ!」 なんだか着せ替え人形みたいにされるがままにいじられて小一時間経ったころ、鏡の前に連れて行かれた。 そこに写っていたのは、知らない女の子みたいだった。 ちょっとくすんだピンク色のワンピースはレースの襟がついている。 薄い生地でできていて、動くと裾がふんわり広がる。 髪は捻ったりコテで巻いてくれたりどうやってしたのかあたしには見当もつかないけど、可愛くまとめられている。 なんだか落ち着かないけど、海斗が気に入ってくれるといいな。 それだけが気になった。 「うん、かわいい!自信持って!」 「いってらっしゃい!楽しんできてね」 クラスの女の子たちに背中を押されて、あたしは待ち合わせの駅に向かった。 もうすぐ待ち合わせの時間。 かなり早めに来てしまって、どきどきしながら海斗を待っていた。 約束の5分前に海斗が来た。 あたしに気づくと、一瞬固まった後に目を逸らす。 この格好、やっぱりおかしかったんだ…! たちまち、かわいい服も髪型も何もかもが滑稽に見えて、あたしは自分が嫌になった。 どうしてこんな格好で来ちゃったんだろう。 いつも通りの、変身した時のままのグレーのセーラー服来ればよかった…。 舞い上がって浮かれていた自分が恥ずかしい。 穴があったら入りたかった。 海斗は横を向いたままだ。 ついにあたしは立ち止まってしまった。 「ごめん、おかしな格好してきて。海斗いっしょに歩くのやだ?」 小さな声で、やっとそれだけ言う。 「違う」 海斗は驚いたようにパッとこっちを見て、また目を逸らす。 「じゃあなんでこっち見てくれないの?」 海斗が横を向いたまま、小さい声で何か言った。 「……」 「え?」  聞こえない。 「なんか、いつもと違うから緊張する」 海斗は被っていたキャップのつばを顔が見えないくらいに深く下げた。 よく見ると、耳が少し赤い。 海斗もあたしと同じように、少しはドキドキしてくれているのかな。 そう思ったら嬉しくて、思わず顔が笑ってしまう。 「なにニヤけてんだよ」 海斗がムッとしたように言って、あたしの頭をぐしゃっとしながら追い越していく。 「せっかく可愛くしてもらったのにっ!」 慌てて髪を整えていると、 「ほら、おいてくぞ」 海斗が笑いながら振り返った。 朝の光が海斗のサラサラの髪を輝かせる。 「待って!」 小走りで海斗に追いつくと、並んで歩き始める。 「海斗がこんなのOKすると思わなかったよ」 「あぁ、でも、付き合ってるって言った手前断わるのもアレかな、と思って。それに」 海斗はこちらをチラッと見て、笑いながら言った。 「おまえといると退屈はしないからな」 それ、いい意味かなぁ……? あたしはそう受け取っておくことにした。 そして気になっていた事を聞いてみた。 「海斗、遊園地好き?」 クラスの女の子たちによって計画されてしまったこの「デート」は、海斗にとって楽しい事なのかな?ってことが気になっていたのだ。 「あー…実はそうでもない」 「なんだ!じゃあ、……やめちゃおっか!」 「いいね」 あたしたちはようやくそれで緊張が解けて、その日初めてやっと自然に笑い合った。 誰かに決められた計画は、きっとどことなく窮屈だったんだな。 同時に海斗もそう感じていたことがわかって、あたしはやっと肩の力が抜けたのだった。 「じゃあ海斗、どこに行きたい?」 あたしは聞いてみる。 「そうだな……」 海斗はちょっと考えてから、言った。 「海が見える景色のいい公園、とかどう?」 「行きたい!」 「よし、いくぞ!」 海斗はニッと笑って、あたしに向かって手を差し出した。 海斗の差し出してくれたその手に、迷いながら自分の手を預ける。 朝日の中、白い息を吐いてドキドキしながら歩いた。 火照る全身を冷やすみたいに冷たい空気を思いっきり吸い込むと、冬の朝のにおいがした。 幸せな一日は、まだ始まったばかり。 だから、あたしは今日の終わりがあんなことになるなんて予想もしていなかったのだ。
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