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エピローグ
リビングのソファで寝ていた猫が、ピクリと耳を立てる。
キッチンで料理をしていた女性は手を止め、猫に話しかけた。
「あら、海斗が帰って来たの?あなたは本当に海斗が好きね。すぐに気づくものね」
ニャーン。
猫が答えるように鳴く。
ガラガラ、と玄関の音がして、
「ただいま」
と声がする。
「ミウ、今日もお出迎えか。ただいま」
海斗は猫ーーミウを抱き上げ、その柔らかな首筋に鼻を押し当てた。
ミウは嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
海斗はリビングの横を通りながら、キッチンにいる母に声をかけた。
「今日は体調いいの?」
「海斗、お帰り。今日は割と元気なの。晩御飯はハンバーグだからね。お父さんが帰ってきたら、一緒に食べましょう」
海斗は少しだけ口の端を上げて、笑って見せる。
ギクシャクしながらも、これでも精一杯「家族」している海斗だ。
ふと見下ろすと、ミウが静かにこちらを見上げていた。
その澄んだ緑色の眼が、涙を湛えるように潤んで見えた。
翌朝、海斗は「何故か」早めに登校しようと思い立った。
途中のコンビニの前で「何故か」思い立ってシュークリームを買い、カバンに入れた。
どうしてそんなことをしたのか、自分でもよくわからない。
けれど、そうしなければいけない気がした。
そしてやってみると、それはなんだかしっくりいく行動のような気がしたのだ。
朝の学校は、しん、と静まり返っていた。
教室のドアを開ける。
一番乗り、と思ったら、海斗の席に誰かがいた。
グレーのセーラー服を着た女の子のようだ。
机に乗せた腕の上に伏せて、目を閉じている。
海斗は、迷いながら声をかけた。
「そこ、俺の席なんだけど」
その子はパッと顔を上げた。
ーーあれ?
と海斗は思った。
なんだか一瞬、胸の中に懐かしい風が吹いたような気がする。
けれどその記憶はつかもうとするとスルッと逃げていってしまう。
「転校生?」
海斗が聞くと、代わりに、
グゥゥー。
派手なお腹の音がした。
その子が真っ赤になる。
海斗はカバンの中にシュークリームがあったことを思い出した。
徐にそれを取り出し、女の子に差し出す。
「食べる?」
その子は、花が開くように笑った。
にっこりと。
海斗は何かを思い出しそうになり、目を閉じる。
脳裏に一瞬、懐かしい声が聞こえた気がした。
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