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『猫は猫の一生を全うしなさい』
神社だろうか?
老人のような、知らない声が聞こえた。
海斗は横たわっていて、その自分自身の姿を、まるで俯瞰するように見ている。
『美雨に関わる人間全ての記憶を封印する』
姿は見えない声が言うと、あたりが白く光った。
『次はこの子猫が二度と変身できないようにーー』
『お待ちください!』
聞き覚えのある声だ。
『神様、私はこの子に願いを叶えてもらいました。だから私があるべき姿に返ります。どうかこの子猫を……』
横たわる海斗に寄り添うように、飼い猫のミウが寝ている。
そしてそのそばに立つ少し透けたような影。
その姿には見覚えがあった。
兄さん……?
『いいのかね?君は天に還るということになるが、思い残すところはないのかね?』
『構いません。もう一つの心残りだった遺された家族のことは、この子猫が解決してくれそうですから』
『そうか。では、君の成仏と引き換えに、この子猫の願いを今一度叶えよう』
待てよ、何の話だ?
天に還る?
子猫ーーミウのことか?
それにしても、やっぱり兄さんは成仏せずにまだその辺にいたのか。
兄は横たわる海斗に語りかけた。
『海斗、迷惑をかけたね。もうお前は僕のことに縛られずに生きるんだ。母さんにもそう言ってやって』
一瞬、兄は海斗の額に触れた。
そして最後に言った。
『海斗、幸せになれ』
兄の姿が光りに包まれた。
そのまま空に昇って行き、やがて消えていった。
横たわったままの海斗と子猫の上に、眩しい光が射していた。
*
そのイメージは、脳裏に閃いてすぐに消えていく。
神社、兄、ミウ、光ーー。
いつの記憶かもわからない。
もっと追いかけようとしたけれど、つかもうとすると端から逃げるように忘れていく。
しばらく目を閉じて思い出そうと試みるけれど、海斗はやがて諦めた。
その記憶の残した温かな感触だけが、海斗の心の中に余韻を残していた。
目の前の女の子は不思議そうにそんな海斗を見ていた。
海斗は尋ねる。
「名前は?」
見たことがあるような満面の笑顔で、女の子は答えた。
「山中、みう」
〈完〉
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