おばけはちみつのグリセルダ

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虹の根(6) 「ねえこれ、もうこれ、このあたりじゃない…?」  イサベラが言って、ジュリコとグリセルダを振り返る。  四人はそろって足を止め、急な土の坂道の途中で、いまきた西側をふりむいた。  坂の下、もう何年も列車の走らないさびれた線路を渡ったその先、白光りする農道がずっと西へとのびていき―― その先に広がるもこもことした緑のノパル畑の斜面をずっと登った先に―― 大きな山並みの緑に抱かれるようにして、四人が出てきた、ペドレガルの村の建物が、緑の間に見えていた。太陽はもうずいぶん西に傾いて、緑のノパル畑の広がりを照らす光に、少しずつオレンジとイエローが混じりはじめている。 「…だね。たぶん、このあたりだよ。ペドレガルの側から見えていた、その、目的の丘の斜面――」  グリセルダは言って、ぐるりと周囲を見回した。  あるのは、あまり管理されていない、雑草の混じった牧草地と、暗い木立ち。木立の木には、二頭の牡牛がロープでくくられて、そこで無心に足元の草を食べている。東側にさらに坂をのぼった先には、それほど立派とも言えない古い農家の屋根が見えた。そちらの方から、わんわんという、何かに吠える犬の声が小さく響いている。 「…なによ。けっきょく、こういうことなの? あるのは畑と、草と―― あとは牛? これがあんたの言うところの、『虹の根』? しょうもなすぎて、なんだかあくびも出ないわよ」  ふうっと大きく息を吐いて、ジュリコが真上の空を見上げた。  イサベラは、言葉はとくに発さずに、少し疲れた眼差しで、ここまでずっと歩いてきた西側の、光に染まる畑の景色をちらりと見やった。ホセマリアは―― 「…ここかも、しれない。けど。けど――」  足もとの土に、視線を落として。片手をぐっと、なぜだか握りしめたホセマリア。声が、なんだか―― 疲れている、とはまた別の。でも―― 何かやっぱり、あまり元気がないのは確かだ。 「ねえ。あれ。見て、あそこ――」  指さしたのは、グリセルダ。その指先は、ずっと坂の上の―― さらにその先の空の方を。  そこにあるのは、湧き立つ雲と―― にわかに姿を現した、白と、深いグレイとブルーを雑に幾重にも塗りたくったような――  山肌―― あるいは、雪山、だろうか。  さっきまで空の雲に隠れていたその領域が―― わずかに晴れて。そこに遠くの山塊が。いま、その一部が。今もう手で触れることができそうに思える、確かな質感と硬さと厳しさをもって。はるかにそびえる、途方もない山―― 「…ポポカテぺテル山… でも―― ここから見ると―― こんなにすごく―― 近くに見えるもの、なのね…?」  イサベラが、見上げて、ほぉっ、と息を吐く。  ポポカテぺテル山。グリセルダ自身も、じっさいそれほど、特別な山と思って見たこともない。ペドレガルからも、空が晴れていればいつも遠くに見えている。この付近では有名な火山。地元ではどこからでも見えてる、ありきたりな、いつでも見える遠くの山並み―― だけど。それが今ここから見ると―― おどろくほどに近く、大きく―― 何か心が鋭くひきしまるくらいに深い青さで凛々しくそびえ立っている。  でもそのあとすぐに、山の周囲で白く湧き立つ雲が急に流れて、むくむく形をかえて。夕陽を浴びてどっしりと雲間に見えていた雪を頂く白とグレイの山塊は―― まもなく四人の視界の先から、もう見えなくなった。
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