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訪問者 (6月13日)
夜中にカーペットの上にねそべってひとりでイラスト描いてたら、外で声がした。
「なんで…? なんか電気ついてるよこれ!」
おびえた声で誰かが言った。夜の雨音にまじって聞こえたその声は、グリセルダには聞き覚えのない男子の声だ。
「へんねぇ。ねえ、誰かいるわけ?」
もうひとつの声が、気安い感じで呼びかける。こちらは女子の声だった。おい!声かけんなよ!と、最初の声がうろたえる。
やれやれ。なんだか面倒なことになったな、と。グリセルダはタッチペンを床に置く。
夜中の訪問者、か。せっかく集中していい感じで描いてたのに。グレイのスポーツジャンパーに腕をとおし、あくびまじりにテラスに出てみる。
「誰…?」
闇の向こうで、スマホのライトが小さく揺れた。
「やべぇよ! ゆ、幽霊! ほんとに出やがった!」
男の側が、そんなばかばかばしい言葉を叫んで駆けだした。濡れた落ち葉を蹴散らしながら。夜の森を、ひとりで遠くに逃げていく。
「ちょ、ちょっとあんた! あたしをひとりで置いてくつもり??」
女の声が批難する。それからその子は―― スマホのライトをこちらに向ける。声の感じでは、どうやら―― セクンダリアの学生とか、そんな感じだ。歳はたぶん、グリセルダとそんなに変わらない。
「ちょっとあんた! なによ! 何勝手に、ここ、使ってんのよ! 誰の許可取ってんの!」
相手がライトを左右に振りながら―― 足早にこちらに近づいてくる。「おばけはちみつ」の窓の明かりが当たるところまで近づいたとき、ようやく姿がはっきり見えた。黒っぽい、フードつきのジャケットの下に、赤毛に近いオレンジの長髪。ぱっちりと大きい、なんだか気が強そうなするどい瞳が、まっすぐグリセルダに向けられる。背は―― かなり高い。
「許可って… ここ、わたしの家、なんだけど――?」
なんだか面倒なことになったな、と。心の中で息を吐きながら、グリセルダが口ごもる。
「家? いつからあんたの家になったのよ! ここはあたしの別荘みたいなもんで―― 勝手に入って荒らされたら、たまったもんじゃないわよ。あんたいったい、何者よ?」
あんたこそ、何者…? と。口に出して言いかけたけれど。言うとますます事態がこじれそうなので。グリセルダは、ただ、黙って肩をすくめただけだ。
「へえ。じゃ、何? ほんとに家主に許可とって、引っ越してきたってわけ?」
興味深々、といった感じで。その子が部屋をみまわした。入っていいよ、ともひとことも言っていないのに、その子はずかずかと戸口から中に踏み込んで、奥の方の、そうじをしてカーペットを敷いた「居間」のところまで足を進める。
「ちょっと。ねえ、だけどあんた、ちょっとまじめに訊きたいんだけど、」
最初の偉そうな口調は少しおさまって。相手は純粋に知りたくて聞いている、という感じでグリセルダに訊いてきた。
「何…?」
「ここさ。入居したとき、いろいろ、なかった?」
「いろいろ、とは…?」
「毛布が敷いてあったりとかさ。あとは、椅子も何脚か。あとあと、ファッション雑誌も置いたりしてなかった?」
「…あった。」
「あったの?? じゃ、あれ、全部捨てちゃったわけ?? ぜんぶ、まるごと??」
「…捨てては、いないよ」
「え? ほんと??」
「うん。…誰かが無断でここ使ってる、って言って。ママが、最初に片付けて。あっちの―― 物置部屋のどこかに、ひとまず、片付けた。だから今も―― そこにたぶん、あると思う――」
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