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新作の絵 (6月18日)
昨夜から寝ずに、ずっとイラストを描いている。ふだんいつも苦労する目の輝きの色彩調整がとてもうまくいって、女の子の表情がいい。絵のタイトルはまだ決めていない。夕暮れの丘に立ってもうすぐ夜がくる遠い山向こうの空を見つめる少女の立ち姿。年や背格好がどことなく、自分に似ている感じがしなくもないなとグリセルダは思う。たぶんこの子は自分でもあり―― だけど自分ではない強い何かを内に秘めた―― そう。とても強い意思を持った、自分とは別の女の子だ。輝くシルバーの長髪が、夕暮れの風におおきくそよいでいる。自分もできればこういうきれいなシルバーの髪が欲しいと思う。
まあでも、これはあくまで絵の中だけの色彩だ。現実にはたぶん、こういう透き通るようなシルバーの髪の女の子は、世界のどこにもいないのだろう。
だけど。イラストの中には。こことは違う、また別の世界があって。そこには、絵とか、単なるイラストだとは言いつくせない―― とても広くて深い、本当の何かがある気がしていた。グリセルダはいつも、自分が描く女の子たちの中に、その何かを―― ここにはない、きれいな何かを。持たせたいと思っている。絵の中だからこそできることが。そこだからこそ描けるものが。きっと何かあるはずだと思って。その何かを。言葉にできない綺麗ななにかを。ずっといつも、見つめていたい。そんなよくわからない、何かにあこがれるような気持ちを抱いていつもグリセルダは、何もない白い空間の上に自分の心をぶつけて描いた。
描く意味は、ほんとは自分でもよくはわからない。あまり意味は、ないかもしれない。でも。
描きたい。描いてるその夜の時間だけは―― 自分が、この広い意味のよくわからない世界の中で―― なにかきっと意味のあるものと。大事なことと、たしかにそこでつながっている。
そんな気持ちが、ちょっとした。だからこの夜もグリセルダは―― トイレに立つのも惜しい気持ちで―― おばけはちみつの隅のベッドの上で、ひとりタブレットをにらんで。そして数時間の、たくさんのチャレンジと試行錯誤の末に。ようやくそれが、形になってきた。
あとはこれを―― もうちょっと、目が疲れていない別の時間にもう一度よく見直して。バランスとかをチェックして。そのあと良ければ、ピクシブに投稿しよう。「いいね!」が今度は200くらいつけば良いなと。ちょっぴり今回に関しては、少しは期待が持てそうだ。
タブレットの画面の隅の時刻表示を見ると、もう午前6時半に近かった。外はすっかり明るくなって―― 雨はどうやら、知らないうちに止んだみたいだ。山の畑に出かけるカミオネッタたちのブルブルうなるエンジンの音が、村のあちこちから響きはじめて。グリセルダはベッドから立ち上がり、両手を上げてあくびした。
うすくもやのかかったおばけはちみつの木々の間を歩いて、舗装された道路に出た。少しお腹がすいていたから、10ペソコインを6枚握って、タマレ売りのモト(バイク)が通るのをそこでしばらく待っていた。
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