おばけはちみつのグリセルダ

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貸し借り(2)  いいにくそうに、ぽつぽつと不器用に言葉をつらねるホセマリアの、話をぜんぶ総合すると―― 歳のはなれた1歳の赤ん坊―― つまりホセマリアの末の妹が、昨夜から様子がおかしい。熱が猛烈に出たまま下がらず、嘔吐もしたし、意識がなんだかぼんやりしている。これは絶対、病院行った方がいいということで―― 今朝、隣町の無料診療所までホセマリアと姉と、二人で連れていったところ――  ドクターたちも血相を変えて、これは大至急、州都の病院に搬送して精密検査を受ける必要がある、とのことで――  赤ちゃん本人は、病院の手配でそのまま救急車で州都の病院に運ばれた。姉は一緒についていった。ホセマリア自身は―― ひとまずひとりで家に戻って、赤ん坊の入院用の着替えとか、おむつとか、そういったものを取りにきた――  でも。そこから、今からひとり州都まで行く交通費が――  足りない。ぜんぜん、足りない。手元には今、60ペソしかなくて。親戚のおばさんに、無理を言って200ペソを借りたけれど。それでもたぶん、足りなそうだ。それでは今度は―― 行ったはよいけど、こちらに戻ってこられない。どうしてもあとちょっと、お金がいるんだ―― 「ちょっとってあんた、総額いくらよ? いくらあったら足りるわけ?」  不機嫌そうに、ジュリコがぱたりと雑誌を閉じた。そばにいるグリセルダにちらりと目配せし、グリセルダにだけこっそりわかる程度に、やれやれと息を吐き肩をすくめせてみせた。 「…帰りのバス代とかで、あと200ペソは、かかると思う。たぶん、それくらいあれば片道の交通費にはなるだろうって、おばさんが――」 「やれやれ。あんたそれね、その、おばさんもそうだけど。あんたの父さんは? 赤ん坊が重病だっていうのに、まわりの大人はどうしてるのよ?」  ジュリコがとげのある口調でそう言った。その言葉はだいたい―― いま、グリセルダが、心の中でこっそり思った気持ちとだいたい同じものだった。 「…父ちゃんは―― 今日も、あれさ。朝から酒入ってて。一緒に病院行こうって言っても。ぜんぜん、きかない。救急車で運んだら、もうそれでいいだろって。自分がわざわざ行く必要もないって。言ってそれで、終わり。で、おばさんたちは―― そっちもやっぱり――」 「あー、もういいもういい。わかった、わかったわ。あんたのまわりの大人、あんた以上にいいかげんなヤツばかりってことよね。きいたあたしがバカだったわ。あんた、いいからこっち、入ってきなさいよ。用事あるんだったら。もっと近くきて、ちゃんと人の顔みてしゃべんなさい」  ジュリコがまるで厳しい先生みたいに言いきって、めんどうくさそうに片手で自分の髪をかきわける。
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