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貸し借り(3)
「はい。これ。」
気弱な子犬みたいな足取りで、そばまでやってきたホセマリアの顔の正面に、ジュリコが腕を突きつけた。
「えっと…?なに、これ?」
「なにこれって? 見りゃわかるじゃん? お金よ、お金。あんた、お金借りにここに来たんでしょ?」
「えっと。いや、でも、これはさすがに…」
多すぎるよ、と言ってホセマリアが弱りきった表情で、自分の右の頬をぽりぽり掻いた。
ちらりとジュリコの指の間から見えたのは――
目に鮮やかなブルーのプリントの、500ペソの新紙幣。
「今は手持ちは、これしかないし。黙ってあんた受け取りなさい。あとでけっきょく使わなかったら、そのぶんはこっちにそのまま返してくれたら文句はないわよ」
ジュリコは言って、なんだかつんとすねたみたいにホセマリアから視線をそらして、どさりとそのまま、カーペットの上に大胆に座る。片手で雑誌を取り上げると、またあまり興味なさそうに、ページを指で二、三、めくった。それから不機嫌そうに、そっちの壁にむかってひとりごとみたいに言葉を投げる。
「…ほら。なにしてんのよ? 妹さん、急病なんでしょ? さっさと行ってあげたらどうなの? その―― 州都の病院だかに?」
「う、うん。そうだね。行くよ、おれ。」
はじかれたように、ホセマリアがくるりと方向転換し、ドアにむかって走り出す。でもすぐ止まって、こう言った。
「あ、ありがと、ジュリコ。お金はぜったい、返せるときに、返すから!」
「あ、待って待って、ホセマリア!」
グリセルダが、あわてて彼を呼び止める。
なに? と、ホセマリアがふたたびこちらをふりむいた。
「えっと…。これ…。わたしからも。少ない、けど――」
そういって、うつむきがちに。グリセルダが、手の中に握りしめた100ペソ紙幣を、おずおずと彼に向かって差し出した。
「え、いいよいいよ! もうこれ、ジュリコに借りたので、たぶんバス代は――」
「ううん。でもいいの。使って。途中の―― 休憩の、ジュースとか。あとは何か―― 赤ちゃんへの、お見舞いとか。何かに、使えたら、使って。返すとかは―― 別にいつでも、いいから」
ホセマリアは、何かまるで雷にうたれたみたいに、おどろいた表情でしばらくその場でかたまっていた。でも―― ようやくハッと我に返ったホセマリアは、ためらいがちに、その紙幣を受け取り。それからにっこり大きく笑って、
「…ありがと。助かる。ほんとに。グリセルダも――」
「こら。バカみたいに照れてないで。さっさとそこ、行ったら? 重症なんでしょ、赤ちゃん?」
ジュリコがそばで、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「そ、そうだね。うん。じゃ、行くよおれ。ありがとう、ほんとに。二人とも! また、じゃ、今度ね!」
そういってホセマリアは、今度は本当に、全速力でそのままドアを抜け―― おばけはちみつの午後の森の向こうに、彼の騒がしい足音が、少しずつ遠ざかっていく。
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