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シルウェラの実 (7月13日)
「で? その後どうなの、赤ちゃんは?」
めずらしく、午前のうちにおばけはちみつにやってきたイサベラが、蔓編みの籠をテラスの地面に置きながら聞いた。籠の中には、黒サクランボに似たシルウェラの実が山盛りだ。このあとこれを、村のあちこちで売り歩く。
今の季節は、どこの庭でも畑でも、あちこちシルウェラがいっぱいになっている。今このおばけはちみつの森にも、ロブレの木々に混じってあちこちシルウェラが生えている。ただしここの森の野生のシルウェラは―― 少し形がいびつであるのと、虫食いの痕が多かったり、売るには少し見た目が悪いので―― ときどき村の子供たちがこっそり集めにくる以外では、あまりここまで、外から取りに来る人はいない。
時刻は午前11時。今朝は朝から、からりと晴れている。おばけはちみつの森には、初夏を思わせる日差しがやわらかにふりこんでいる。オレンジの羽根をもつ大型の蝶が、ひらひらと森の地面の木の葉の上を行ったり来たり、忙しい。
「ん~ どうかな。もうしばらく入院は必要らしいけど。いちばんの危機は去った、みたいな感じで。医者の人は言ってたよ。なんでも――」
ホセマリアが、さっき自分で森の地面から集めてきた野生のシルウェラの実を、皮ごとがぶりと口にふくんだ。そのあと皮だけ、ペッと地面に吐き捨てる。
「ズイマクエン? それが何か、自分もあまりよくわかってないけど。何か脳が―― アタマの中がエンショウおこしてる、みたいな話だったね」
「げげっ! それってめっちゃヤバいやつじゃん?」
テラスの向こうでジュリコが、賽の目切りのマンゴーを口いっぱいに頬張りながら目を大きく見開いた。
「なんかそれ、脳障害とか出ちゃうやつじゃん? あんたほんとにそれ、大丈夫なわけ??」
「ん~、どうなんだろ。ひとまず小康状態で、このまま熱が下がれば大丈夫だろうって。ドクターの人は言ってたよ。今は、その、姉ちゃんの知り合いの教会の人たちが、交代で手伝ってくれててさ。もう大丈夫だから、心配しなくていいからって。なんか、言ってた。だからきっと、大丈夫なんじゃないかな? 昨日もその人たちが、姉ちゃんと交代で泊まりこみでついてたし」
「ねえちょっと、それ、ホセマリア?」
ジェリコが向こうから、疑い深い視線を向けた。
「何?」
ホセマリアが、またひとつシルウェラにかぶりつき、すぐまた皮を吐き出した。右手と唇のまわりが、真っ赤な汁色に染まっている。
「それよそれ。あんた、大丈夫なの? あんたがそれ、食べてるやつ?」
「これ? シルウェラ? なんで? おいしいよ?」
「けど。あんたそれ、あっちの森の地面でさっき拾って。ろくに洗わず食べてない? 犬のウンコとかさ。このあたりわんさか落ちてるんだけど?」
「ちょっ。。人が食べてるのに、ウンコとか言わないでよ!」
ホセマリアが両手を広げて抗議する。
「だいじょうぶだってば。きれいなやつしか拾ってないし。さっきちゃんと、ざっくり水で洗ったし。洗うとこ、ジェリコが見てなかっただけでしょ?」
「どうかしら。あたしはちょっと、遠慮したいな。どうせ同じシルウェラだったら、あたしはそっちの―― きれいな方の、カゴに入ってる方を食べたいわ」
ジュリコが、横目でイサベラに訴えた。
「なになに? 買ってくれるの?」
にっこり笑顔で、イサベラがふりむく。
「まあその―― そうね。ちょっとだったら、買ってもいいわよ。いくらなの、それ?」
「ひと缶山盛り、25ペソいただきます」
「…ふうん。ま、妥当な値段ね。じゃ、ちょうだい。ひと缶山盛り」
毎度ありがとうございます!と、イサベラが愛想のよい声で言って、長ぼそいサルディーナの空き缶に山盛り一杯、赤黒くて丸い、つやつやしたシルウェラの実を積み上げる。それをまるごと薄い小さなビニール袋に落とし込み、器用に袋の口をしばってジュリコの方に差し出した。
「はいこれ。25。」
コインを3枚、ジュリコがそっけなく差し出した。商談成立。イサベラは、今日さいしょの売り上げが入って、素直にとても嬉しそうだ。
「…ん。おいし。悪くないわ、けっこう味は」
さっそく袋を解いて1つ、最初のシルウェラを口に含んだジュリコ。
「あっ。それ、まだ洗ってないやつだから。いちど、水洗いした方が安心よ?」
イサベラが慌てて声をかける。ぶはっと、ジュリコが嚙みかけのシルウェラを吐き出して、あんたそれね、最初にちゃんと言いなさいよ!もう食べちゃったわよ!と、拳をあげて食ってかかった。横で見ていたホセマリアは、おかしそうにお腹をかかえ、笑いを必死でこらえている。
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