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雷雨の夜 (7月15日)
夜遅い時刻。日付は変わろうとしている。
外では激しく雨がふっている。雨季のはじまりを告げる夜の雨。
いい感じで女の子イラストの前髪が仕上がって、さいご仕上げに、瞳の輝度を少し上げようとズームを上げてペンツールで対象範囲を指定しようとしたとき。
気配を感じてグリセルダはふりかえる。
「誰かいるの…?」
ひやりと背筋が冷たくなった。誰かいる。薄暗い、光がとどかない向こうの入り口のところ。こんな時間に―― しかもこんな雨の夜に。誰かがわざわざここに来るなんて――
一瞬身構えたグリセルダ。しかし。すぐに緊張を解いた。
「…ジュリコ、だよね? そこ、いるの?」
相手は何も答えない。ただ、入ってすぐの暗がりに。立っている。ひとことも言葉を返さずに。
でも、気配がそうだ。なんだか、そこにある存在の雰囲気というのか。あれはぜったいジュリコだ。たぶんそう。
「どうしたの? なんでこっちに入ってこないの?」
グリセルダは不審に思い、タブレットを床に置いてその場で立ち上がる。
「…来ないで」
しずかな声で、ジュリコが言った。暗がりに立って、どこか足元を見たままで。暗くて、グリセルダのところからはジュリコの表情はわからない。でも。どうも、傘もささずに走ってきたのか。ずいぶん服が濡れているみたいだ。おそらく髪も、ひどく濡れている。
「大丈夫…? いったいどうしたの、ジュリコ…?」
「こっち来ないでって。言ってるじゃん。ほっといて。他に―― 行く場所なかったから。だから、来ただけ。今は誰とも、話したくない。だから、わたしのことはほっといて」
ジュリコは、グリセルダからだいぶ離れた壁際の床に座り込む。ふだんだと、『こんな汚い床に直接すわるとかムリ!』といって拒否しそうなジュリコだったけど。今日はそこの、ほこりだらけの床に平気で座って、両腕の中に顔をうずめて隠す姿勢でそこで固まった。
なんだか様子が普通でないから、グリセルダはそれ以上、何も言えない。軽く溜息をついて肩をすくめ、何も言わずにもとの明かりのそばのじゅうたんのスペースにひとりで戻る。そのあとタブレットをもう一度手に取ったけれど―― なんだか集中が途切れて、今夜はあまり描けそうにない。仕方がないので、動画サイトを開いて、リラックス系のゲーム音楽集を流して聞いた。外では雨の音がさらに強くなる。雷も遠くで鳴っている。
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