おばけはちみつのグリセルダ

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虹の根(1)  (7月28日) 「ねえ、どっか行かない?」  ファッション雑誌のページを退屈そうにめくりながら。ジュリコが言ったのは、七月の終わりの日曜日の午後だ。雨季の晴れ間で、さんさんと降る太陽が、おばけはちみつの森の地面にも木洩れ日になって落ちてくる。 「…どこかって、どこへ?」  むこうの地面のカーペットの上で、ホセマリアと「ウノ」のカードゲームで対戦していたイサベラが、ちらりと視線をジュリコに向けた。 「…どこでもいいわ。行けたら、どこでも」ジュリコが片手を上にのばして大きくあくびした。「とにかく、眠くならないところ。ちょっとはどこか、面白そうなところ。」 「だったらおれ、いい場所知ってるよ!」  ホセマリアが、いきなり手札のカードをその場に投げ出し、声を上げた。くりっとした大きな黒の瞳が、きゅうにきらきら輝きを帯びる。 「『虹の根』。みんなでこれから、行ってみないか?」  虹の根。それはどうやら、ペドレガルの村はずれから、だいぶ東に見えている―― 大きな二つの岩山にはさまれた、ひらべったい丘の斜面のことらしい。  ホセマリアが言うには。村から虹が見える時、いつもそこの丘に、虹の根っこが、立っている。そして晴れた夕方には―― いつもその丘の上にだけ、夕陽の最後の光があたって、はっとするくらい、神聖なくらいにまぶしい光で、そこの丘ぜんたいが輝いて見える―― らしい。  らしい、というのは、ホセマリア以外の3人は、それを実際―― その丘のことを、ちゃんと意識して見たことがないからだ。グリセルダは、めったにそちらの、村の東のはずれに夕方行くことはなかったし―― ジュリコもイサベラも、あまりそのホセマリアの話をきいても、ぴんとこないようだった。なにそれ? あそこの丘が、なにかそんなに特別なの…? 「いいからさ。今から、行こうよ。四人ともが、午後に夜まで、みんな一緒に時間があるって、今日以外には、まずないでしょう? 今日しかないよ。今しかないよ! ね? ね?」  どうやらその考えをずっと前からこっそり温めていたらしいホセマリアは―― そう言って、こだわって、譲らなかった。 「今から一緒に行って確かめよう。『虹の根』のあの丘の上には―― じっさい、何があるのかを。」
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