おばけはちみつのグリセルダ

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虹の根(5)  そのあと農道は、コンビの走る南北の舗装道路をわたった。そこから先は、ここまで歩いてきた農道のコンクリート舗装は終わって、白っぽい砂利をしきつめた、少し頼りないどこにでもある普通の農道に変わった。 「…ほんとにまだ行くの? なんかもう、くたびれてきちゃったわよ」  ぶつぶつ後ろで文句を言っているジュリコに背を向けて。先頭を歩くホセマリアは、なにか今では意地になったように。無言で、すたすたと、砂利道の先へと足をひたすら進めるだけだ。人の気配のない、立派な垣根に囲まれた大きな別荘のような建物をいくつか通り過ぎ、道は大きくカーブして、それから上り坂になった。 「…ここで線路を、横切るわけ、か」  誰に言うともなく、グリセルダがつぶやいた。出発前にスマホで確認したときに、途中で道が廃線軌道を渡っていくポイントがあることは見て、知っていた。実際そこを、渡る今―― なにか、よくわからないけど―― 大きな大事な境界線を。いま、4人がそろって越えていく。そういう、カチリと、心の中で音がなる感覚があったのだけど。それを言葉でうまく伝えることはできそうにないし。だからグリセルダは、ひとりでとくに何も言わずに、黙って線路を歩いてこえた。午後の日差しの熱をたっぷり吸って、錆びた線路がギラリと赤光りしてそこから南北にのびていく。 「ねえこれ、たとえば、ここから線路をずっと行くと、どこに出るわけ?」  いちばんうしろのジュリコが、言って、二本の線路の真ん中で足を止めた。 「…南に行くと、このあとトラトラウカをこえて、クアウトラの街中まで行けるはずだよ」  足を止めてふりかえり、グリセルダが言う。 「北側に行くと、ペドレガルの近くをかすめて、ぐるっとそこからカーブして―― それから最後は―― メキシコシティまで行けるはず」  これはじつはさっき出発する前に、興味が湧いてスマホのマップで、ひとりでこっそり調べたばかりの、グリセルダにとっても新しい知識だ。 「…へえ。けっこう長く、続いてるのね。いつかあれね。時間あったら、行ってみたいわ。線路を歩いてクアウトラ、か。体力あったら、バスで行くより、ずっとワクワクしそうじゃない?」  線路の南に目をはせながら、ジュリコが、なんだかとつぜんそんな言葉を言い出した。ほこりっぽいのは嫌い、汗かいちゃったじゃない、とか。ここまで畑歩きの不平ばかり言い続けてきたジュリコが、とつぜんそんな、無邪気な言葉を言ったので。グリセルダはほんの少し、心の中でおどろいた。まあでも実際いまジュリコが言ったのは―― さっき出発する前に、マップの上で線路をたどって見ていたグリセルダの心にふっと浮かんだ新鮮なわくわくする感覚と―― とてもしっくりなじむものがあったので。少し考えてから、ぽつりと言った。 「…そうだね。いつか。行けたら。行ってみたいね。ここより南のクアウトラも、もっとこえて。ずっとずっと、どこまでも。」  ぽつりと投げたその言葉が、ジュリコの耳にちゃんと届いたかどうかはわからない。とても小さなボリュームで。かげろうのたつ線路の南を、しずかに見ながら。
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