おばけはちみつのグリセルダ

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うわさ   「おばけはちみつ」に誰かが住み始めたらしい。  これはしばらく、村のニュースになっていた。  夜あそこの木立を通りかかると、廃墟の窓に明かりがついていた。昼間に誰かが、木々の間にロープを張って洗濯物を干していた―― 噂はたちまち村全体に広まった。  まもなく、そこに住み始めたのはひとりの女とその娘だというのが明らかになる。 『アヴィラの家の、親戚筋の女らしいぞ。』『なんでも、二番目の旦那と別れて、行く場所がなくてあそこに転がりこんだらしいんだ。』『しかしあそこは、住めるのかね? 水とか、どうしてるんだろうか』『あんがい住めるんじゃないか? 地下には貯水タンクが、たしかあるはずだ』『そういえば先月、あそこのシャワーとトイレの修理を請け負ったって、配管工のディエゴが言ってたな』『なんでもあそこの地所の持ち主は、アヴィラの遠縁なんだとさ。最近はイダルゴ州に住んでて、こっちには戻ってこないようだが――』  短い期間に驚くような詳細な情報が人々の口から口へと話される。その一部は正確ではなかったが、八割くらいは、だいたい当たっていただろう。  近頃村人たちは、おばけはちみつの木立ちの中で、灰色がかった髪の少女を目にするようになる。年齢はよくわからない―― すらりと細身の、表情のとぼしい女の子だと。あれは学校とか、どうしてるんだろうね? などと。人々は噂しあったが―― あえて林の奥まで踏み込んで、少女に直接、尋ねてみる者もいなかった。  ただ何となく―― なんだか少し気味が悪いなと。多くの村人が、どうやら感じていたようだ。  ただでさえ陰気くさい、薄暗い森の木々のあいだに、白っぽい服をきたやせた少女の後ろ姿が不意に見えたときなどには。なんだか本当に森の幽霊を見たような気分になった村人も、ひとりやふたりではなかったらしい。  そして不思議と―― 村人たちの目にとまるのは、もっぱらその、母子(おやこ)のうちの「子」の方ばかりだ。母親のほうは、ふだんはいったい、どこにいるのか―― 実際そこで母親を見たと言う者もいるにはいたが。数はそれほど多くはなかった。
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