おばけはちみつのグリセルダ

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イラスト    (6月5日)  明け方の時間が、いちばん好きだ。グリセルダはひとりでこっそりそう思う。  太陽はまだ山むこうから顔を出さず、森の梢の上の夜空が、少しずつ深さを失い、しずかな青に染まる頃。グリセルダはおばけはちみつのテラスに座り―― ひとり、タブレットをかかえてイラスト投稿サイトをじっくり眺める。それは太平洋の向こうの島国「ハポン」の会社が運営するピクシブという場所で―― そこには驚くほどに色彩豊かな、技術の確かな海外のイラストレイターたちがこだわり抜いた1枚イラストやマンガ作品を毎日投稿して競い合う。グリセルダはそれを無料で、だいたい全部、見ることができる。そしてときにはグリセルダ自身も―― 自作のイラストを投稿していた。今現在、グリセルダには877人のフォロワーがついている。実際どこの国の、誰かはわからないけれど―― 毎回新たにイラストを投稿するたびに、「いいね!」を押して応援してくれる。とくにそれで、お金になるとかではないけれど。いいね!が100を超えたりすると、なんだか無性にうれしかった。母親も誰も、自分の絵のことを褒めてくれたことはないけれど。海の向こうの、ほんとの名前も知らない100人とかの人たちが、自分の描いた絵を好きだと言ってくれている。  なんだか、いいなと。グリセルダはひとりでこっそり思っている。  今ここ、現実の夜明けの森の中よりも。このタブレットの中の、電子の架空のイラストの森の中の世界の方が。はるかにほんとに、確かな世界な感じがしている。  でも今朝はとくに―― 自分の方では新作イラストを投稿したりするわけでもなく。ただ、自分がフォローしている他の作者の人たちの新作イラストをチェックしている。ここ最近は、Hoemee という名前の、タイランディアに住む女性のイラストレイターさんがお気に入りだ。いつも最高に可愛い、女の子のポートレイトを描いてくれている。表情がどれもいい。イラストだけど。本物よりも、ずっと確かに生き生きしている。今朝もまた、朝おきてすぐにタブレットを立ち上げて、新作投稿のイラストに「いいね!」を押したそのときに―― それは起こった。まったく予想もしない形で。
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