おばけはちみつのグリセルダ

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はじまりの雨  今年はじめての本格的な雨が、おばけはちみつの森に降る。  高く枝をのばすロブレの木々の梢が雨粒をさえぎり、まだ地面には水滴は落ちてきていない。  少女は雨の降り始めの匂いが好きだ。これは夏の雨季のはじまりを告げる匂い。数か月にもおよぶ長い長い乾季を耐えてきた森の植物たちが、待ちかねた雨の訪れにしずかに心を躍らせる。そのしずかな期待と喜びの声が、うすぐもりの午後の森にしずかに満ちていく。  厚く降り積もった落ち葉の地面をふみ、背中の後ろで手を組んで、ひとりで森の梢を見上げた。森の梢を繰り返し打つ雨音と、かすかに吹き始めた初夏の風。このいまの時間が、もうずっと、永遠に続いてくれたらよいのにな、と。少女はひとりでこっそり考える。梢を通してようやく落ちてきた雨の雫が、ひとつぶふたつぶ、さらりと乾いたグレイの髪にも、彼女の額にもふりかかる。少女はそれをぬぐうこともしない。ただじっと、見上げている。緑の梢の上に広がる、やさしい灰色の空をとおして降ってくる、遠い世界から来るその色のない淡い光を。
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