若旦那、薄汚れた黒狐を拾う

1/5
79人が本棚に入れています
本棚に追加
/119ページ

若旦那、薄汚れた黒狐を拾う

 咲き誇る桜雲の下、花に団子にとさんざめく人々の喧騒が響き渡る。  儚く夢幻がごとき花吹雪に、わあっと桜人が沸き立つ。  はらはらと天が涙をこぼすように、満開の桜が静かに花を散らしていた。白涙は大地を薄桃色に染め上げる花筵となり、城下を東西に二分する大通りの賑いにいっそう華を添えている。  繕布里(ぜんがふり)城下は、享楽にふける大勢の花見の遊客と、その足を何としてでも止めて見せようと声を張る商売人たちで活気づいていた。  大通りの店と店の合間に植え付けられた桜並木は、奉国一の花見どころとして名高い。春は、繕布里がもっとも賑わいを見せる季節だ。  そんな人波をものともせず、時には押し合いへし合い、慣れた様子で人の合間を足早に縫い進む少年の姿がひとつ。 「なあ、聞いたか? ここの殿様が変わったお触れを出されてるってよ」 「変わったお触れ? どんな? 花の盛りが終わらねえように花咲じじいでも探してるってかい」 「いや、それが探してるのは菓子職人って話だ」 「菓子職人だぁ? 大福だの饅頭こさえる菓子(つかさ)殿を、殿様がかい?」  少年――参梧(さんご)はその世間話に足を止めかけ、思い直して再び歩調を早めた。頭巾代わりの手ぬぐいを頭からむしり取ると、比較的色素の薄い頭髪が露になる。無造作に鋏を入れたばかりの短髪は、しかし襟足の部分だけ長めにとられ結わえられていた。獣の尾のようだと周囲は茶化すが、どうもそこだけ毛が伸びる速度が著しく早い。均等な長さを保つのを諦めた結果だが、特に難儀することもなかった。  ――おれも参加するんですよ! ……なんて口出したら、流石に変なヤツだよな、残念。
/119ページ

最初のコメントを投稿しよう!