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フロントガラスにぽつりと雨粒が流れ落ちていった。
時刻は既に午後3時を過ぎている。もうとっくに麓に着いている時間のはずなのに、ニコからの連絡はまだなかった。いくらなんでも遅すぎる。
こちらから2度ほど電話をかけていたが、つながらない。スマホの充電が切れたか、圏外か……どちらもありえた。
笹原が登山口近くの山道に着く頃、空はこの世の終わりみたいな黒い雲がかかり始めていた。駐車場に着いた途端、稲妻がフロントガラスにはためいた。湿ったぬるい風が吹き抜けていく。
――彼をひとりで行かせるんじゃなかった。
笹原は後悔し始めていた。山の天気は変わりやすい。麓の天気がこれだけ悪いとなると、山の上はもっと荒れているだろう。
ザックから雨用のレインウェアを引っぱり出して羽織る、数分のうちに雨粒の跳ねる音がし始めた。
とりあえず登山口に建つログハウス風の東屋へ向かおう。あそこにいれば山から降りてきた人達を見逃さないはずだ。
東屋で待っていると続けざまに登山者達が下山してくる。
「二十歳くらいの男性に会いませんでしたか?」
何組かのグループにニコと会わなかったか尋ねてみたが、心当たりはないと首を振る。彼らは突然の雨に恨みごとを言いながらも、無事下山できて安堵しているようだった。
20分ほど待つうちに、少しだけ雨脚が弱まったように感じられた。
もう東屋には自分ひとりしか残っていない。降りてくる登山客ももういない。太陽は次第に傾き、辺りはどんよりと暗くなり始めていた。
しびれを切らした笹原はフードを深く被り、東屋を飛び出した。
「ニコ!!」
下りてきた人影を捕らえた瞬間、名前を叫んでいた。
「どうして早く下りてこなかったんだ!」
激しい口調に驚いたのか、おびえた目つきで返事もしない。笹原は肩でひとつ息をついて、ニコの手を取り東屋まで引きずっていった。
下山してきた彼は、薄っぺらい雨合羽を被っただけの格好で、髪も袖もぐっしょりと濡れている。紺色のカーゴパンツは真っ黒に変色し、重そうに滴を垂らしていた。
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