3.薫風

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フロントガラスにぽつりと雨粒が流れ落ちていった。  時刻は既に午後3時を過ぎている。もうとっくに麓に着いている時間のはずなのに、ニコからの連絡はまだなかった。いくらなんでも遅すぎる。  こちらから2度ほど電話をかけていたが、つながらない。スマホの充電が切れたか、圏外か……どちらもありえた。  笹原が登山口近くの山道に着く頃、空はこの世の終わりみたいな黒い雲がかかり始めていた。駐車場に着いた途端、稲妻がフロントガラスにはためいた。湿ったぬるい風が吹き抜けていく。  ――彼をひとりで行かせるんじゃなかった。  笹原は後悔し始めていた。山の天気は変わりやすい。麓の天気がこれだけ悪いとなると、山の上はもっと荒れているだろう。 ザックから雨用のレインウェアを引っぱり出して羽織る、数分のうちに雨粒の跳ねる音がし始めた。 とりあえず登山口に建つログハウス風の東屋へ向かおう。あそこにいれば山から降りてきた人達を見逃さないはずだ。 東屋で待っていると続けざまに登山者達が下山してくる。 「二十歳くらいの男性に会いませんでしたか?」 何組かのグループにニコと会わなかったか尋ねてみたが、心当たりはないと首を振る。彼らは突然の雨に恨みごとを言いながらも、無事下山できて安堵しているようだった。 20分ほど待つうちに、少しだけ雨脚が弱まったように感じられた。 もう東屋には自分ひとりしか残っていない。降りてくる登山客ももういない。太陽は次第に傾き、辺りはどんよりと暗くなり始めていた。 しびれを切らした笹原はフードを深く被り、東屋を飛び出した。 「ニコ!!」 下りてきた人影を捕らえた瞬間、名前を叫んでいた。 「どうして早く下りてこなかったんだ!」 激しい口調に驚いたのか、おびえた目つきで返事もしない。笹原は肩でひとつ息をついて、ニコの手を取り東屋まで引きずっていった。  下山してきた彼は、薄っぺらい雨合羽を被っただけの格好で、髪も袖もぐっしょりと濡れている。紺色のカーゴパンツは真っ黒に変色し、重そうに滴を垂らしていた。
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