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「……誰が結婚したんだ?」
「兄だよ」
「なんだ、お兄さんかよ」
「2人とも幸せいっぱいだったよ」
藤堂は部屋を見渡しながら尋ねた。
「それのどこが調子が悪くなる理由があるんだ?」
「どうも披露宴の料理が合わなかったみたい。飲み過ぎたのかもしれないし」
「食中毒か?」
「いや、そこまでじゃないんだけど」
なんとも歯切れの悪い答えだった。
辛そうな笹原に代わってお茶を淹れてやって、仕事の報告と愚痴を交互に伝えたが、謝られるだけで覇気がない。
本気で心配になってきて、買い物でもしてこようかと提案したが、必要なものはあるからいいと断られた。それならと脱ぎ散らかされたスーツをハンガーに掛けた。
笹原はそんな様子をソファからぼんやりと眺めていた。
「ねえ。結婚式って、いいものだよね?」
「は?」
「自分でも不思議でしかたないんだ、なんでこんなに調子が悪いのか」
「食べたものに当たったんなら仕方ないだろ、結婚式は関係ない。あ、でも式場に連絡しておいた方がいいか、食中毒かもしれないって」
「その必要はない……と思う」
「なんで? さっきからなんなのお前」
苛立った藤堂の疑問に、笹原は独り言みたいにぽつぽつと話し始めた。
「披露宴でさ、司会者が二人の生い立ちから、なれそめまでを写真で紹介するんだ。二人の出会いは友人の紹介――だってさ」
高校三年生の頃、進路に悩んでいた新婦は、友人の紹介で出会った医大生の新郎に相談を持ちかけた。
新郎が目指す医学の道に興味を持ち、彼女は県立大学の看護学部へ進学した。卒業後、大学病院の消化器内科に配属され、医師となっていた新郎と再会し、愛を育む――。
「絵に描いたような美しい話だな」
「ほぼすべて事実だよ」
「なに、どっか違うの?」
藤堂は眉をゆがませた。
「……式の1ヶ月前、兄の結婚相手に呼び出されたんだ」
喫茶店の奥で赤いソファーに座る、見覚えのある背中。振り向いた彼女は、華やかな容姿で女っぽい魅力に満ちていた。
仕事が忙しいから式には出ないと断っていた笹原に、彼女は結婚式の招待状を渡してきたという。
「いくら忙しくても、兄の結婚式なら普通出るだろ」
「彼女にお久しぶりですって言ったら、ものすごく神妙な顔された」
「は? 知り合いなの?」
「あぁ、言いそびれてたけど」
「なに?」
「彼女とは高校二年の頃、予備校で知り合ったんだ。僕にとっては初めてできた彼女だった」
ぶはっ、と藤堂は飲んでいたお茶を吹き出し、盛大にむせた。笹原は汚いなあと文句を言いながら、ティッシュ箱を差し出した。
「あの人が僕のことを彼氏だと思ってたかどうかは知らないけど。でも遊びだったとは思えない。少なくとも、僕は……」
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