6.世界で一番憎い人、世界で一番好きな人

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6.世界で一番憎い人、世界で一番好きな人

 風呂からあがり、ベッドの上でぼんやりスマホを見ている頃だった。画面に現れた発信相手に、不安と期待で鼓動が跳ね上がる。気づけば緑の通話ボタンを押していた。 「……笹原先生? どうしたんですか、こんな遅くに」 「友達と飲んでたんだけど、タクシーが来ないんだ。ねえ、ニコ迎えに来て? 」 先生は外にいるみたいだった。風の音と車のエンジン音に、やけに陽気な先生の声が重なる。 「え、あの、すぐ行きます!」  どこに向かえばいいですか、とベッドから飛び下りて車の鍵を掴む。アパートを出たのは11時過ぎだった。 「そんなに慌てなくていいよ。酔いを覚ましながら待ってるから。ちょっとニコ、事故らないでよ?」  この前山に登った帰りに、なにかあったらすぐに呼んでください、いつでも行きますからって約束はしたけれど、まさかこんなに早く先生から呼び出しがかかるとは。ニコは逸る気持ちを抑えながら、夜道をひた走った。  駅のロータリーで先生達はすぐに見つかった。すらりと長身の男性がふたり、仲よさそうに笑い合って立っていたから。 「へえ、君が、ニコ?」  先生が助手席に乗り込む間、友人という男性が窓枠に手をかけ、値踏みするように覗き込んできた。 笹原先生と同い歳くらいだろうか。威勢の良さにたじろいでしまう。先生とはだいぶタイプが違うみたいだ。彼から漂うアルコールの濃い匂いが、飲んだ酒の多さを物語っていた。 「あいつ酔ってるから絡んでくるかもしれないけど、頼むね」 「は、はい!」 「良い返事だ。こいつが気を許すのも分かるな」 「え?」 「ちょっと藤堂! いつまで捕まえてんの。電車なくなるぞ」 「はいはい、またねニコちゃん!」  藤堂と呼ばれた男性はニコ達に別れを告げ、見えなくなるまで手を振っていつまでも見送ってくれた。意外と優しい人なんだな、怖がったりして悪いことしたかも。前に向き直った先生は、息をついてシートに深く倒れ込んだ。 「まったく、騒々しいやつだ」  さっきまで会っていた友人は、前に赴任していた小学校の同僚だったと先生は教えてくれた。そして、その彼が8月に結婚するということも。悪いんだけどさ、と前置きして先生は頼み事をしてきた。 「結婚式の当日、会場まで送っていってくれない? 2、3時間で終わるから、どこか喫茶店にでも入って待ってて欲しいんだ。帰りも付き合ってくれるかな、経費は全部払うから」 「迎えに行きますよ、もちろん」 「ありがとう、ニコ」  タクシー代わりに使われてると自覚しても、断る理由なんてない。むしろ先生とふたりで過ごせる時間があるのは素直に嬉しい。今もそうだけど。 「ねえ、この先にコンビニあったよね、ちょっと寄ってくれる?」 「お茶でも買うんですか」 「飲んだ後って、甘い物欲しくならない?」  ふふっとニコは小さく笑った。自分も先生と同じだったから。  言われた通りコンビニの看板の前で左折する。夜中だというのに街灯に集まる蝶のように、乗用車やトラックが何台も停まっていた。  深夜のコンビニは眩しいくらい蛍光灯が明るくて、なんだか異世界に迷い込んだみたいだった。先生に渡そうと麦茶と水のボトルを手に取って、レジの方へ向かおうとして立ち止まった。先生が背の低い棚の前で睨んでいたから。 「ニコ、アイス食べない?」 「僕はいいですよ。先生食べてください」 「自分だけ食べるのは気が引けるんだけど?」  気を遣って買ってくれようとしたけれど、運転しなきゃいけないし食べている心の余裕もないだろう。先生は仕方がないと諦めたのか、ニコが持っていたお茶のペットボトルを奪うように受け取って、レジへと向かっていった。
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