2.僕が好きな人は、彼女の好きな人

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「笹原先生、電話番はもういいんですか」 「7時まででいいって言われたからね、もういいんじゃない?」 「まだ7時前じゃないですかぁ」 「いいのいいの」  笑い声をあげる千秋たちに応えながら、笹原は上がり(かまち)に腰を下ろし、脱いだ革靴を端に寄せている。 (どうしよう……)  先生が正面に座っているという事実に(おのの)きつつ、その姿を盗み見てしまう。彼はおしぼりを受け取りながら、長い足を狭そうに曲げあぐらをかいていた。  いつものように袖を捲って、肘から先が白く露出している。筋張った腕は意外とがっしりと男らしい。  水色のストライプのシャツは今週、初めて見る。  肌の地色が白いから、水色とか黄色とか明るい色が似合う。シャツは全部で6種類、いつもパリッと皺ひとつないから、週末にまとめてクリーニングに出しているのだろう。  いやなにを観察しているのだろう。これじゃほんとにストーカーだ……。  笹原先生のことを知っても知っても、まだまだ知りたくてたまらない。こんなに自分が欲深いだなんて知らなかった。焦っているニコを横目に、千秋はドリンクメニューを広げていた。 「笹原先生、何飲みます?」 「あんまりお酒強くないんだよね」 「えぇ、いがーい。強そうなのに」 「レモンサワーにしようかな」  運ばれてきたグラスを手に持ち、二度目の乾杯をする。最初に口を開いたのは千秋だった。 「さっきまでニコの庭師時代の話聞いてたんだよね」 「そうそう、仕事で怪我したってとこまで話したんだっけ」  早川が相づちを打ってから、千秋は質問を重ねる。 「校務員の勤務先って、最初からどこの小学校に配属されるか決まってるの? 希望とか聞いてもらえるの?」 「いえ、市内のどこで働くかは決まってませんでした。3月下旬過ぎてからから通知があったんです」  いくら自分がストーカーまがいだろうと、笹原先生を追いかけてこの小学校に来たわけじゃない。その事実を知ってもらいたかった。  でも笹原はグラスを片手に能面のようにつるりとした顔を崩さない。自分のことなんて興味ないんだろうな、と悟ってしまう己が悲しくなってくる。ただでさえ先生の正面に座っているだけで、窒息してしまいそうなくらい緊張しているのに。 「こんなド田舎の小学校に来ることになってびっくりしたんじゃない?」 「……はい、驚きました、すごく」  色々な意味で。  実は、笹原先生がこの小学校に在籍してることは以前から知っていた。弟の友人たちに尋ねたら、先生の転任先はすぐに分かったから。  でもまさか自分が笹原先生のいる学校に配属されるとは夢にも思っていなかった。市内に五十校近くある小学校の中でも、一番小さなこの学校に。  最初は断ろうかとも思った。いくら会いたいと願っていたとしても、笹原先生と一緒の職場で働く自信なんてない。  だがせっかく決まった就職先を今さら断るのも迷惑だし、無職でいられるほどお金の余裕もない。  どうしようか迷っている間に、校長先生の所へ挨拶する日がやってきてしまった。もう後には引けなかった。
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