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僕の妻は簡単に亡くなってしまった。思えば彼女との出会いなんて簡単だった。その頃は恋した記憶すら無い。
「良かったら付き合ってくれませんか?」
告白は彼女から。僕は彼女を恋愛相手には思ってなかった。
見た目も普通、会っても間もない、単なる知り合い、その程度人だったから。
「ちょっと待って。君は取引先の会社の担当同士で、しかも僕たちは新卒でまだ数回しか会ってないのに」
「そんなのは関係無いよ。あたしは貴方に一目ぼれしたんだから。この恋は逃がさないんだ」
なんとなくその時の笑顔は忘れられなかった。その場での返事はしなくて、戻っておかしな子だと思っていたのに、それから彼女の顔がずっと僕の記憶に現れた。
「取り合えず、付き合ってみるのは構わないよ」
一応言うと僕は軽い人間ではない。告白されたから付き合う。そんなに簡単ではない。未来だって考えるつもりだった。
それでも彼女と恋仲になるのは悪くないのかと思わせたのは丸一日の時間しか必要無かったんだ。
「良かった! 断られたら、次はどう告白しようかと思ってたんだ!」
ニコニコと笑う彼女の姿がその頃には知り合って数か月が過ぎようとしていたのに、綺麗だと思ってしまった。
「諦めないのかよ」
「うん。もちろん! 想いから逃げないんだから!」
これも笑顔。彼女の笑顔には恐ろしい力があった。
それからは普通の恋愛、にはならなかった。彼女は面白い。仲良くなると急に旧友になったみたい。
でも僕からもそんな印象だった。僕たちは良く話をして仲良くなった。
「君は不思議な人だね。正直、付き合うなんて思ってなかったんだよ。それなのに今の僕は君の存在が欠かせない」
「おー! それはあたしに恋してるってことだよねー。うれしーよ」
気付いてなかった。彼女の言う通りなのかもしれない。僕は自分でも知らない間に彼女のことが好きになっていた。
付き合ってから季節が一つ過ぎた頃、僕は彼女無しには生きられなくなっていた。
「こうして電話していると、君の顔が見たくなるときがあるんだ」
夜空を見ながら言葉を交わすだけの時間。それでも確かに愛は有る。
「なら、会いにおいでよ。あたしは待ってるからね」
言葉の向こう側に彼女の笑顔が有る気がして、僕はその時も直ぐに彼女のもとに向かった。
星が輝く街中を彼女に向って走っている間、僕はラブソングみたいに思ってた。
公園で待っている彼女が僕に気が付いて振り返ると、僕の好きな笑顔になる。
「ロマンチックだな。物語のワンシーンみたいだよ」
両手を広げて僕と同じようなことを思っていたらしい彼女を、僕は抱きしめ抱え込んで回る。どこまでの馬鹿な二人でも良い。彼女が相手なら僕は嬉しいんだから。
「結婚、しないか?」
「うん。良いよ」
プロポーズも返事も簡単だった。
僕と彼女は出会ってから一年が過ぎた頃には夫婦になってた。
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