あいのむこう

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「去年の今頃はまだ新卒で、まさか来年自分が結婚してるなんて思ってもなかった」 「そうだねー。でも、あたしは時間の問題だと思ってたよ。貴方に会った瞬間、あたしは結婚したいって思ってたから。そしてそれは必ず叶えようと!」 「自信家なんだな」 「諦めが悪い人間なだけだよ」  クスクスとした笑い。僕たちにはこんな和やかな時間がいつだって有った。  毎日が楽しい。彼女が居れば世界が僕に微笑んでいる。彼女はこの世界で一番の人だ。 「ちょっと重要な話が有るんだ」  仕事中に彼女から電話が有った。でも、その時だって彼女の言葉は晴々しい。正直全然重要になんて思えなかった。 「子供ができた」  聞いた瞬間に僕の考えが間違いだったことに気が付かされた。結婚から半年くらい過ぎた素晴らしいニュースだった。  彼女は僕と結婚してからも仕事を続けていて「楽しいから続けたい」らしい。今では後輩とも仲良く楽しいらしい。だからお腹が目立つようになっても仕事を続けてた。  ある時僕は知らない病院からの電話を受けた。それは彼女に関しての連絡だった。  明るかった毎日に影が落とされた。 「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」  病院に駆け付けた僕に彼女はそんな言葉を言い続けて泣いていた。  赤ちゃんは原因不明でお腹の中で亡くなっていたらしい。それで彼女は泣いていた。 「あの、旦那さん。お話が有るんですが」  それは彼女の職場の後輩ちゃんだった。もちろん僕とも面識はある。  僕はまだ「ごめん」と続けている彼女の背中をポンポンと叩いてからその場を離れた。 「先輩、悪い病気なんじゃないですか? 会社で最近元気がなくて」  どうやら後輩ちゃんは心配をしてくれていたみたいだ。親身になってくれるからありがたい。  でも、後輩ちゃんのその言葉は予言のように僕たちの元に舞い降りた。 「今回の胎児死亡は母体に病巣が有ったことに原因が有るのかもしれません」  医者から説明が有って、まだ原因はわからないが彼女の身体に良くないことが起こっていると知らされる。そして彼女は病院から帰ることはなかった。 「いつまでも沈んでちゃダメだね。生んであげられなかったあの子のためにも頑張らないと!」  滅入っているばかりの彼女ではない。病院では元気な顔をしていた。ただ時折子供を亡くした悲しい顔を僕にだけは見せながら。  だけど彼女病状は良くならなかった。それどころか見るたびに悪くなっている気がした。段々と顔色は青くなって、痩せてしまった。 「見事にダイエットに成功したよ! どう? 羨ましいんじゃない?」  彼女はとても元気に振舞っていた。それは僕にだけではなく、度々見舞いに訪れてくれる後輩ちゃんにも笑顔で返す。 「先輩。そんなに元気なら仕事戻ってもらわないと」  共に笑ってくれる後輩ちゃんには全て話している。一番に彼女の病気に気付いた人だったから。僕ら二人の心の支えにもなってくれるような人。  後輩ちゃんが帰ると「良い子だな」と僕がふと言葉にした。 「浮気は許さないぞ! だけど、あたしが死んだらあの子と結婚しても構わないよ」 「馬鹿なことを言うなよ。それに後輩ちゃんだってそんな風には思ってないだろ」  僕はあえて怒らなかった。今怒ってしまうと彼女の病状が悪いことを証明するみたいだから。 「あの子は貴方のことが好きなんだよ。わからなかった? 昔のあたしとおんなじ眼をしてるの」  首を傾げた。どうやら僕はそんなことに疎いみたい。でも、なにより彼女以外の人なんて考えられない。 「彼女には悪いな。俺は君のことが好きなんだ。もしも年を重ね、いつか君が死んだとしたら追いかけるよ」  今すぐのことではないのを強調した。でも、これは本心。彼女が死んだなら、そうだ。天国に行こうとそう思うだろう。 「残念だけど、死んだらもう会えないよ。天国や地獄なんてない。待っているのは無なんだから」  時々彼女は不思議な考え方を話す。普通に天国を思っていたほうが良いのに、そんな悲しいことを言う。  また会いたい。そう思う僕の考え方が間違っているのだろうか。なのにその日はやがて訪れた。 「ごめんね。もうさようならなんだ」  あれからも弱り続けた彼女は火が消えるみたいに息を引き取った。  僕に最期にあやまって、別れを告げ居なくなった。  彼女が死んでからの僕は毎日をただ時間を潰すだけになっている。ほんの二年前ならそんな疑問なんてなかったのに毎日が退屈で仕方がない。  ふと思えば「死んだら良いのかも。そうだ。天国なら彼女に会えるかも」そう思うたびに彼女の言葉が僕の心を痛くする。無になれば会うことなんて叶わない。
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