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今日も単なる一日という時間が過ぎて疲れた僕は家に帰るだけ。待つ人は居ないのに。
「ちょっと待ってください」
僕を呼び止める人。それは彼女の後輩ちゃんだった。
「久し振りだね。葬儀の時はありがとう」
彼女の葬儀からもう半年。その葬儀には後輩ちゃんも出席してくれて一番涙を流してくれていた。
「私、気になってたんです。あれから旦那さんがどうしてるのかと」
「うん。ありがと。だけどまだ僕は立ち直れてないんだ。ゴメンよ」
軽い世間話なんてできない。僕は後輩ちゃんには悪いけど今のこの場から逃げたくなっている。それは後輩ちゃんは彼女を想像させてしまうから。
「好きなんです。先輩の代わり、私じゃダメですか?」
いつか聞いたことが有る気がする。それは彼女の言葉。僕の心はまた重くなった。
「ごめんなさい。僕は彼女のことは忘れられないんだ。これからも、多分一生」
これは本音だ。彼女を記憶から消して誰かを愛するなんて有り得ない。
「それでも構いません。私は好きなんです。先輩に敵わなくても良いから貴方の傍に居させてください」
真剣な瞳が有る。後輩ちゃんは僕と会ってから全く視線を逸らせない。本当に想ってくれてるんだ。それは僕と彼女と同じ瞳だからわかった。
一度空を見た。まだ明るさを残しているけれど星が浮かんでる。あのときみたいに。
だから僕は後輩ちゃんの願いは叶えられない。彼女の笑顔はいつまでも消えない。僕は彼女以外愛さない。
「もっと良い人を見つけなよ。僕はダメだ」
すると後輩ちゃんは僕のもとに詰め寄る。目の前で「お願いします」と語る。どんなに話されても叶えられないのに。
静かに話すために僕たちは河川敷に移動した。後輩ちゃんもちゃんと話がしたいらしくて納得してくれている。
「私は入社して直ぐ先輩に旦那さんを取引相手でも有ったから紹介されて気になってたんです。例えそれが尊敬する人の夫でも。そのくらいに好きなんです」
多分この子は本当に恋をしてるんだろう。出会った頃の彼女に似ている。そして付き合ってからの僕にも。
「うん。解るよ。だけど、僕には応えられない」
良い返事なんて見つからない。ただ僕はまだ彼女を愛しているのだから。
そしてこの想いは消えない。だって世界のどこにだって彼女の姿が存在するのだから。まだ僕は彼女に恋してる。
「先輩はもう居ないんです。死んだんですよ。なのになんで、ダメなんですか!」
ちょっと言葉を詰まらせると後輩ちゃんは、怒ったようなしゃべり方になった。
「居ない。そうなんだ。けどね。僕にはまだ彼女が居るんだ。この世界に僕が居る以上彼女の記憶が消えない」
「消してください。そんなの。亡霊に憑りつかれてるだけじゃないですか」
「亡霊か。確かにそうかもしれないね」
「だったら、忘れて!」
強く真剣な瞳。とても強い。後輩ちゃんは僕たちよりも強い瞳をしている気がする。
「僕はね。亡霊でも構わないんだよ。彼女に会えるんならそんな小さな記憶の断片でも良いんだ」
「どうして、こんなことに」
それまでとは違って後輩ちゃんはグチるように話す。ちょっと苛立っているみたい。
「彼女の言う通りだったんだね。君は僕のことを好きだって彼女は知ってたよ」
昔話みたいになってる。僕はそんなことを望まないのに。それでも後輩ちゃんには話しておきたかった。
「君が居て、彼女は幸せだったんだね。ありがとう。君のことを彼女は信頼してたよ」
そうじゃなければ彼女が後輩ちゃんを僕に勧めたりしない。それは僕が一番わかっていること。
そして後輩ちゃんが本当に良い子なんだと僕自身も思う。
だけど、僕の言葉を聞いた後、後輩ちゃんが涙を落とす。
「私だって先輩のことは好きだった。だけど、貴方が居たから、貴方だから先輩を」
嗚咽混ざりなのでいまいち意味がわからない。
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