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1.
「失礼つかまつる」
インターホンに応えてアパートのドアを開けると、そこには侍が立っていた。頭はボサボサ、髭モジャモジャ。腰に刀は差していないが、ボロい着物と袴に草履をはいたその姿は、時代劇に出てくる貧乏侍そのものだ。
「んぇ……っ」
顔を上げたことで伸びた喉から、変な声が出た。長身の男は俺を見下ろし、黒い髭に囲まれた口をへの字に曲げている。
片足にサンダルをつっかけ前傾姿勢でノブを掴んでいた俺は、とりあえず三和土に下りて姿勢を正した。
「そ……いや、ど、どちらさま……ですか?」
「藤原庄左衛門と申す」
「……はぁ」
「驚かせて申し訳ない。怪しい者ではないゆえ心配めされるな」
いや……服装といい言葉遣いといい、どう見ても怪しい。が、俺はツッコミを呑み込んだ。すると男が眉間にシワを寄せ、太い声で来意を説明し始めた。
「拙者、侍ではあれど俸禄だけでは食っていけず、傘を売って生活の足しにしている者だが」
「あー、なんかドラマとかで見たことあるわ」
「日々番傘と向き合うなかで、ふと思ったのでござる」
「何を?」
「そうだ、未来へ行こう! と」
「ぅん?!」
なんか話が飛んだ、気がする。が、目の前にいる自称侍は真顔で話し続けた。
「このように小さき屋根に棒をつけただけの雨避けが、三百年後にはどのように進化しているのかを見てみたい、と思ってな」
「……なるほど」
残念ながらほとんど進化してないんだな、これが。ワンタッチになったり折り畳みができたり、UV加工されたりはしてるけど。
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