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 多分、結構応援されてたんだと思う。  別に母子家庭だったとか、父親がDVだったとか、そういうこと全くなくて、ただただ至って健全な家族。  小学生の頃にしたイタズラとかテストの点数が悪かったりしたら、そりゃ怒られた記憶もあるけれど、そんなことで両親を嫌いになることなんてなかった。  きっとそれは両親も一緒で、私のことを愛してくれてたんだと思う。  でも、なんていうか。 『優勝、樫成梨沙!』  欲が出ちゃったんだよね、きっと。  テニスをやめると言って一番揉めたのは家だった。  やめてどうするんだ、何が残るんだ、今までやった努力の意味は? 今更なんでそういうことを言うんだ!  別に私の勝手じゃん。  でもまさか。 (まさか高校の教師にまで名前が知れ渡っているとは思わなかったわー)  駅に近いカフェ。  梨沙は窓際のカウンター席に座りながら、この季節にはまだ早いであろうシェイクジュースをストローですする。  どろりとしたそれは、それなりの力を込めて吸わないと上ってこない。でも口の中に入れば、甘くて冷たいおいしさが待っているのだから、吸う力うんぬんはどうでもよくなってしまう。  日曜日。  基本的に休日とされている曜日。駅には沢山の人がいて、それぞれ各々自由に過ごしている。  楽しげに腕を組みながら歩いていくカップルを見つけては、梨沙はストローを前歯で噛んだ。 (あーはいはい、幸せを見せつけてくれちゃって、まぁまぁ)  そんなことを思う自分に梨沙はハッとし、溜息をつく。今まで気にしたことなどなかったのに、嫉妬やら僻みやらが渦巻いている。  人間は恋をすると、こんなにも壊れるもんなのだろうか。 (だからといって家にはいたくないし)  溜息の代わりにシェイクを吸えば、ヴヴヴとテーブルに出しておいたスマホが震える。  ストローを加えたまま片手でタップすれば、『ねぇ遊ぼー』と打った自分のメッセージの斜め下に、『ごめん、デート』という文字が座っている。 「くそったれ」  勝手に出た舌打ち。  きっと『家にいたくない』と返せば、彼氏も含めて三人で遊んでくれるだろう。でもそこまで甘えていいわけじゃないと、それなりの分別はある。 「あー、私ほかに友達いないからなぁ」  梨沙はスマホの画面を消し、テーブルの上で腕を伸ばしてのびをした。  中学時代は部活に打ち込んでいたため、人付き合いなど皆無。パリピになれずとも高校デビューを目指した現在は、女子トークにどうついていけばいいのか分からず、美里と一緒にいるだけ。  美里も他に友達がいなさそうに思うが、元々いい女だ。それなりに周りとは馴染んで、梨沙以外とも会話をしたりする。 (思ったより私ってポンコツだわ)  テニスをやめたら何も残らないと言われた言葉を認めてしまいそうだ。いや、もういっそ認めて、テニス部にでも入ろうか。 「だぁー! マイナス思考はやめやめ!」  梨沙は勢いよく顔を上げ、シェイクが入っている紙コップの蓋を外す。そしてそのまま口をつけ、残りを飲み干していく。  冷たい喉に胸をドンドンと叩きつつも、一気にそれを流し込んだ。 「よっしゃ!」  周りから視線が来るが、そんなものどうでもいい。私が私であることに文句あるか馬鹿野郎。  立ち上がり紙コップをゴミ箱へ。そのまま店を出て行けば、強い日差しが梨沙を照らした。 「あっつ! まだ季節は春じゃないの?」  手で陰を作り、空を睨む。  空の青さはまだ淡く、けれどしっかりとした雲が浮いている。もう少しすれば、きっとそれらは積乱雲になるのだろう。  夏は好きだが、暑さは嫌い。コンクリートからの熱も地獄の暑さだと経験済み。だが夏は色々なイベントがあったりして楽しいのだから、罪深いと思う。 「新しい料理本でも見つけるか」  そのイベントに向けての努力がこれから必要だ。 (そうだ、そうだよ)  澄木田先生を振り向かせるために、女磨きをしなければ。学校が休みの日だってのんびりしている余裕なんてない。  お菓子に料理、手先を器用にして、プレゼントだって抜かりなく。少しでも疲れを癒やせるように、ホットアイマスクだったり、お香やらアロマやら。  今まで気にしなかった髪型、質感、肌の手入れ、お化粧。ほら、友達と遊ぶ暇なんてないではないか。 (ザ、青春!)  まだ片想いだけれど、ほらこんなにも楽しい。 「まぁ楽しいんだけどさ」  駅にあるビルの一番上。広い本屋に並ぶ料理本を見つめながら、梨沙は溜息をついた。 「ぶっちゃけ初心者の私にも出来る本はどれだい?」  少し前に一冊、美味しそうな料理が沢山載っているものを選んだが、いざ一品作ってみたらなんと驚き。まったく美味しく作れなかった。  まず包丁さばきが悪い。大さじ一杯、小さじ一杯。それらにもかなりの時間が掛かる。弱火で煮込むと言われても、どれくらいが弱火なのか。  ようするに、まったく料理が出来なかったのだ。 「簡単レシピとか書いてあるけど、電子レンジだけで調理するのもなぁ」  好きな人に美味しいと言われるものが作りたい。それを手抜きでするのも嫌だ。でも手の込んだものは作れない。 (料理本っていっぱいあるのに)  初心者かつ下手くそな私にも出来る料理本は一体どこにあるのだろう。 「料理は諦めるか・・・・・・」  クッキーは作れるのに、どうして料理は出来ないのか。  小麦粉とか、重さを量ることは出来るし、電子レンジレンジオーブンで焼くことも出来る。もしかしたら時間を責められないからかもしれない。 「でも先生、甘い物好きなのか未だに分からないし」  料理をやめて、甘いもので攻略したくとも、好みが分からないためどうすることも出来ない。  ケーキを作ったはものの、生クリームが嫌いだったら? (もう手作りやめて、癒やしグッズをプレゼントするしかないかも・・・・・・)  梨沙は溜息をつき、料理本が並ぶ棚から離れる。  少し休憩しよう。このままでは考えの容量がいっぱいになって頭が爆発してしまう。  溜息をつきながら漫画のコーナーに向かって歩いて行くと。 「あれ、どこ行ったんだあいつ」 「え?」  聞き覚えのある声に振り返る。  休日の本屋にも人は沢山いるが、図書室みたいな静けさがある。きっと無意識だろうが、本屋は意外と静けさが保たれる。  その中で聞こえた声は、きっと大きいものではなかったけれど、梨沙の耳にダイレクトに届いた。 「澄木田先生?」  いつもジャージ姿しか見ていない。だから白いシャツにジーンズを身にまとう彼が、あの澄木田先生だと絶対的な自信が無かったが、きょろきょろと辺りを見渡す彼の顔はどう見ても澄木田先生だ。 「――――っ!」  ドクリと心臓が脈打つ。  梨沙は慌てて『本屋が決めたベスト10!』 という棚に身を隠した。 (え、なんで、まさかなんだけど)  大きく跳ねる鼓動は、もしかしたら映画によくある、見つからないように身を隠す主人公と同じかもしれない。よく吊り橋理論とか聞くし。  けれどこれは紛れもない、好きな人に会った時の気持ちだ。 「玖成ー(くなり)?」  梨沙が隠れる少し先で澄木田が辺りを見回しながら名前を呼んでいる。  一体誰を探しているのだろうか。 (うわぁ、どうしよう)  休日の私服姿なんてそうそう拝めるものではない。真っ正面からその姿を見たいと思うのに、そうなると必然的に澄木田先生の視線はこちらになる。  見つめ合うのは悪くない。でも恥ずかしくて目を合わせるのも大変なのに、もっと大変なのは今の自分の姿だ。  髪型は大丈夫か。化粧だって練習するために薄くだがしてある。けれど崩れていないか心配だ。あぁ、先生に会うのならもっと可愛い服にすれば良かった。今度は服も買わなきゃいけない。  ドクン、ドクンと跳ねる心臓を梨沙は両手で押さえる。短くなりそうな呼吸と、身体の隅々が歓喜するように痺れている。  もしかしたらここの本屋を先生はよく使っているのかもしれない。ということは休日、今後この本屋で会う確率が少なくとも生まれるわけだ。  今日はちゃんと着飾れてないから面と向かって話すことは難しいけれど、せめて私服姿は拝みたい。学校では見られない、彼の姿をこの目に焼き付けたい。 「・・・・・・・・・・・・」  梨沙は棚から顔を出し、まだ辺りを見渡している彼を見る。  体育をやっているということは、少なからず何かのスポーツが出来る。そのため、一般人の中に紛れても、頭がひとつ出ており、身長が平均より高いことが分かる。  高校生との身長の差を考えれば、周りより大きくて当たり前だ。今回の発見は休日の姿を見られたからこその発見である。 (あー、メイクも服も完璧だったら今すぐ先生のところに行って、一緒に探してあげるのに)  会えた嬉しさやら、何も出来ない悔しさやら。梨沙は胸元を押さえたまま澄木田を見ていると、突然「おい」と後ろから声を掛けられた。 「うわっ」  澄木田を集中して見てたからか、掛けられた声にびくりと肩を震わせて振り返れば、男性が睨む目と目が合った。  どこか怒るようなその目に、梨沙は怖々と聞く。 「な、なんですか」 「お前、うちの兄貴に何か用?」 「へ?」  一体なにを言われているのか。  梨沙はどういうことかと瞬きをすれば、「ほらあれ」と男性は指をさした。 「ずっと隠れて見てるじゃん」  その指の先にいるのは。 「うちの兄貴」 「え・・・・・・・・・・・・」  予想外の単語に、梨沙は息をするのを忘れる。  彼はいま何て言った? 兄貴? 「おーい、兄貴ー」  固まった梨沙をそのままに、男性は手を上げて澄木田に声を掛ける。すると澄木田は「あ、玖成! そこにいたのか」と手を上げて、そして梨沙と同様に固まった。 「兄貴、この子の知り合い?」  男性は今度は梨沙に指をさす。しかしすぐに返されることなく、男性は「ちょっと兄貴?」と眉を寄せた。だが仕方が無いだろう。  きっとただの先生と生徒ならばここまで固まったりしない。  片方は先生に恋し、猛アピールをしている生徒。もう片方はそれを躱し続けている先生だ。学校以外の場所で出会うのは互いに「あ・・・・・・」となるに決まっている。  互いにその状態になっていたのだが、先に口を開いたのは澄木田だ。  彼はどこか気まずそうに頭を掻き、「えーっと」と周囲に目を泳がせてから梨沙を見た。 「うちの生徒」 「兄貴の生徒?」 「そう」  澄木田は頷く。 「あ、あの、いつも澄木田先生にお世話になっております、樫成梨沙です」  反射的に振り返り、男性に頭を下げた。九十度に近いほど腰を折れば、男性は「なんだ」と息を吐くと同時に笑う。 「兄貴の生徒かよ。てっきりストーカーか何かかと思っちゃった。ごめんね、女子高生」 「いえ・・・・・・」  ゆっくりと顔を上げれば、男性はニッと笑い、親指で澄木田を指さした。 「俺、澄木田先生の弟。澄木田玖成(すみきだくなり)」 「澄木田さんだと、どっちがどっちか分からないから、玖成でいいよ」と続けられ、梨沙は曖昧な笑みを浮かべる。どこか人慣れしている様子、いや、女慣れしているような言葉だ。 「こら、なに言ってんだお前」  それに澄木田が溜息をつき、「ごめんな樫成」と手を顔の前で立てて謝る。 「いえ、あの」 「おい玖成、もう買うもん無いならレジ行くからな」  こちらが何か返す前に澄木田はそう言い、レジの方へと去って行く。どう考えてもそれは逃げだった。  正直丸わかりのそれは気分が悪いが、しかしこちらも面と向かって話せるような姿をしていない。だからこれで良かったのだと、自分の中に飲み込む。そう飲み込んだのだが。 「なんだよあれ、感じ悪くね?」  弟である玖成が片手を腰に当て、今度は兄を睨み付ける。 「うちの兄貴、学校でもあんなんなの?」 「そ、そんなことないです。優しい先生ですよ」 「ふーん」 「ほら、休日に生徒とばったり会うのって気まずいんですよ、きっと」 「まぁそうだろうけどさ」  玖成は息を吐いた。 「まぁ、さっきはストーカー扱いしてごめんね」  こちらに向き直った彼に、梨沙は顔の前で手をブンブンと振った。 「いえいえ! 陰から見ていた私が悪いので!」 「あ、やっぱり見てたんだ」 「あー・・・・・・」  しまったと思っても、もう遅い。  玖成の目がジトリと細くなる。さてどう躱すべきか。 「いや、ほら、あの、休日に教師と生徒が会うのって気まずいじゃないですか。こっちもあっちも私服だし。でも、うーんと、ほら、たまたま澄木田先生を見つけちゃって、どうしようって思って固まっちゃって」  言い訳については悪くないと思うんだが、我ながらテンパっている。端から見ても慌てて言い訳していますと言える言い方だっただろう。  玖成はそんな梨沙を見つめ、少し間を開けてから「そっか」と頷く。その表情は先ほどよりも柔らかい。 「それならそれでいいよ別に」 「え、いいんですか? ・・・・・・あっ」  言ってから手で自分の口を覆う。どれだけ馬鹿なんだ自分は。  せっかく気にしないでいてくれたというのに、自ら墓穴を掘るとは馬鹿の極み。 「すみません・・・・・・」  梨沙は胸の前で手を握り、神に許しを請うように頭も下げる。  きっとこの後、澄木田先生にあの子はやばいと話しをするだろう。もしかしたらあの教官室についに入ることを禁じられるかもしれない。 (ほんと馬鹿だ、私)  もう死刑執行の覚悟すら出来そうだと思っていれば、クスクスと笑い声が聞こえ、梨沙はそっと顔を上げた。 「ちょ、女子高生、嘘つくの、下手すぎね?」 「ふは、マジウケる」と、玖成は口元を手で押さえながら笑う。  その笑顔は兄弟だからか澄木田にも似ていて、梨沙はどこかくすぐったい気持ちになる。だが先ほどの言い訳がやはり嘘だとバレてしまっているのだから、手放しに喜んで見つめることは出来ない。 「女子高生さ」  ひたすら笑った玖成は、まだ楽しそうな顔をしてこちらを見る。 「もしかして、兄貴のこと好きだったり?」 「なっ!」  まさかの確信をつく言葉に、一瞬にして身体も顔も熱くなる。その姿に玖成は「わかりやす!」と、また笑った。 「こんな素直な子に好かれるなんて、兄貴も罪な男だね」 「や、別に、好きとか!」 「いいっていいって、隠さなくて。別に俺は兄貴が誰と付き合おうが別に気にしねぇよ」 「付き合う、とか、全然、私の片想い、なので」 「あはは、ほんっと素直だな女子高生」  玖成は笑い、梨沙の頭に手をのせて、かるく叩く。  笑顔とこの行動。本当に兄弟なんだなと思う。共通点を見つけてはやはりどこか胸が騒ぐけれど、ときめきはしないのだから不思議だ。  恋愛初心者だから、澄木田先生を好きだという気持ちが本当に恋やら愛やらなのか、自信を持って言えなかったのだけれど、いま弟である彼を見てもときめかない自分は、やっぱり澄木田先生が好きなのだと改めて実感する。 「そんな可愛い女子高生にプレゼントをあげよう」 「はい?」 「ほら、スマホ出して」  また突然手のひらを差し出され、梨沙は困惑する。だが急かすように「早く」と言われて、梨沙は鞄からスマホを取り出して渡した。 「パスは?」 「えっと」  手のひらに置かれたままのスマホのロックを外す。すると玖成はポケットから自分のスマホを取り出して、操作する。そして梨沙のスマホも何回かタップし、「はい」と、返された。  画面を覗くと、『お友達になりました!』という文字が。 「えーっと?」 「連絡先、交換しておいたから」 「は?」  言われるがままスマホを渡した私もどうかと思うが、なに勝手に連絡先を交換しているのか。  怒ろうと口を開いたところで、玖成は「プレゼント」と言った。 「俺が兄貴のこと、色々教えてやるよ」 「どういうこと?」 「兄貴の情報、流してやるっつってんの」  例えばさ、と彼は続ける。 「好きな料理とか、いまハマっているものとか、見てるドラマとか」 「・・・・・・・・・・・・」  マジか。  澄木田先生のことを全然知らない梨沙にとって喉から手が出るほど欲しい情報だ。しかし。 「それ、なんかズルくないですか?」 「ん?」 「澄木田先生のこと知りたいですけど、そういうの、あんま良くないというか、なんか・・・・・・先生に悪いというか」 「今どきの女子高生ってこんないい子なの?」 「いや、いい子とかそういう問題じゃなくて!」 「じゃあ友達でどうよ」  玖成は自分のスマホを梨沙の前で揺らす。  その画面にも『お友達になりました!』と書かれている。 「友達になって、俺が兄貴の愚痴やらなんやらを女子高生に言う。それを聞くだけ」 「それでどうよ?」と言われた。 (いや、それでどうよと言われても)  梨沙は大きく溜息に近い呼吸をする。そこでまた心臓が強く脈打ったのが分かった。それは澄木田先生を前にした時と同じもので、だがその弟の玖成にときめいているわけではない。  ただ、欲しいのだと、心が叫んでいる。  愛されたい、愛したい。大切にしたい、大切にされたい。 ――――私を見て欲しい。 「いいん、ですか?」 「俺からの提案ですから」 「でも、なんで」  震えた声で聞けば、玖成は肩を揺らしながらジーンズのポケットにスマホをしまった。 「俺、一途な子、好きなんだよね。応援したくなるっつーか」  どこか自嘲的な笑みを浮かべる玖成だったが、また遠くから「玖成ー!」と名前を呼ぶ声が。きっと精算が済んだのだろう。  ここに戻ってこないということは、やはり梨沙と顔を合わせたくないようだ。  玖成は「あのポンコツ兄貴が」と呪詛を吐くかのような声音で呟いてから、「んじゃ」と梨沙に向かって軽く手を振った。 「頑張れよ、女子高生!」 「あ、ありがとうございます!」  声がした方へ走っていく玖成に、小さく頭を下げる。  すぐに角を曲がり姿が見えなくなるが、梨沙はしばらくそちらを見つめたまま、動けなかった。 (どうしよう、どうしよう)  周りに人がいるが、こちらを気にするようすもなく、本屋で買い物を続けている。梨沙の心の叫びなんて聞こえていない。それは当たり前のことなのに、この騒ぐ胸の声、音が外まで漏れていないのが信じられない。 (やばい、どうしよう!)  胸の前でスマホを握りしめる。  友達もいないし、美里と簡単なやり取りをするだけ。中学生の頃は部活の連絡でしか使ったことがなかったし、テニスに打ち込んでいたから、アプリゲームだって入っていない。  それなのに、どうしよう。今この瞬間から、このスマホはキラキラ輝く宝箱になってしまった! 「えー、ほんと、えー?」  ついに漏れ出した言葉。  顔が熱い。身体が言うことを聞かない。脈打つ身体は爆発しそう。許容範囲を超えている。  人を好きになるだけでも人生何があるか分かったもんじゃないなと思ったのに、まさかその弟と繋がりを持つなんて。 「え、なんていうか、ほんと」  ねぇ誰か聞いて。 「どうしよう」  好きな人を知りたいっていう気持ちは、好きの原動力だとして、その知りたいを知る方法が手に入ってしまったの。  卑怯とか、やばい女とか、まさにストーカーじゃないか、とか。  そんなのどうでもいいくらい私、喜んじゃってる! 「あーもう! どうしよう!」
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