プロローグ

2/3
25人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
「凪沙、星露学園(ほしつゆがくえん)に行きたいと思わない?」  母さんにそう誘われたのは、小5の春。受験勉強を始めるには、少し遅いような、そんな時期。 「……思う」  学園、という響きに誘われて、その学園を受験すると決めるまで、そう時間はかからなかった。  私、角坂 凪沙(かどさか なぎさ)は、母が医者で父が小さな会社の社長という、少しばかり裕福な家庭に生まれた。そしてそこに生まれた私でも、学費や学力面どちらともに、そう簡単には手が届かない難関中高大一貫私立学校、それ星露(ほしつゆ)学園。  とても有名な学園のため、前から知っていたけれど、どうにも雲の上の世界というイメージが強く、「行きたいな」と思う程度だった。しかし母さんの一言によって、この学校に行きたい、という思いが日に日に強くなっていった。  調べれば調べるほど、この学園の魅力が波のように押し寄せてくる。  自由な校風、歴史ある校舎。80,000以上もの蔵書を誇る図書館に、沢山の部活動。例えば、全国コンクールの金賞常連であるオーケストラ部や、100メートル走記録保持者のいる、陸上競技部。 「やっぱり、行きたい」  強く思った。けれど、願うだけではなにも変わらない。私は受験なんて初めてだし、なにをすればいいのか全く分からない。  父さんも母さんも、私が星露について調べていることは知っていても、私が本気で行きたいと思っている気持ちについては、なにも伝わっていないような気がする。  二人に伝えて、私の本気度を知ってもらいたい。そして応援してほしい。  そして悟った。今日は、いつも忙しい両親と一緒に夕食が食べられる日。つまり、二人に私の本気度を伝えられる絶好のチャンスだということを。  私の心は決まった。いざ。  チャンスは今日!  そして迎えた決戦のとき。……といっても、母さんは食後のケーキを食べていて、父さんは優雅にお茶を飲んでいる。決戦なんて雰囲気じゃないんだけどね。  私は両親を観察しながら、カップに入ったアールグレイを一口。そしてカップをコトリとテーブルに置き、何の前置きもなく、口の中で転がしていた言葉を紡ぐ。 「星露学園に行きたい」  突如告げられた娘の言葉に、母さんは構えていたようにうなずいていたけれど、父さんは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになっていた。 「ゲホゲホッ。凪沙、本気?」 「本気」  なぜか慌てる父さんにそう返すと、父さんは目をまんまるにした。 「え…。だ、え、星露学園でしょ?ほら、名門の」 「そう、星露」 「でも、ああああそこの入試はすごく難しいんだよ?」 「受かるために勉強するから」 「寮なんだよ?暮らせる?」 「大丈夫」  バッサリとそういうと、父さんは眼鏡をかけて大きくなった目を、小動物のようにウルウルさせた。 「凪沙、心配しないで大丈夫。父さんは凪沙が受かった後が寂しいのよ」  母さんはクスリと笑った。  星露学園が全寮制の学校だということは知っている。調べたときに、ネットで知った。父さんは心配していたが、そここそが私の「星露☆推しポイント」なのだ。  全寮制ならば、家族以外の友達と時をともに過ごすことになる。新しい友だちと同じ場所で過ごせる。 「あのね父さん。全寮制ならば、友達と新しい経験ができる。それは、いいことばかりだと思うの」
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!