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「凪沙、星露学園に行きたいと思わない?」
母さんにそう誘われたのは、小5の春。受験勉強を始めるには、少し遅いような、そんな時期。
「……思う」
学園、という響きに誘われて、その学園を受験すると決めるまで、そう時間はかからなかった。
私、角坂 凪沙は、母が医者で父が小さな会社の社長という、少しばかり裕福な家庭に生まれた。そしてそこに生まれた私でも、学費や学力面どちらともに、そう簡単には手が届かない難関中高大一貫私立学校、それ星露学園。
とても有名な学園のため、前から知っていたけれど、どうにも雲の上の世界というイメージが強く、「行きたいな」と思う程度だった。しかし母さんの一言によって、この学校に行きたい、という思いが日に日に強くなっていった。
調べれば調べるほど、この学園の魅力が波のように押し寄せてくる。
自由な校風、歴史ある校舎。80,000以上もの蔵書を誇る図書館に、沢山の部活動。例えば、全国コンクールの金賞常連であるオーケストラ部や、100メートル走記録保持者のいる、陸上競技部。
「やっぱり、行きたい」
強く思った。けれど、願うだけではなにも変わらない。私は受験なんて初めてだし、なにをすればいいのか全く分からない。
父さんも母さんも、私が星露について調べていることは知っていても、私が本気で行きたいと思っている気持ちについては、なにも伝わっていないような気がする。
二人に伝えて、私の本気度を知ってもらいたい。そして応援してほしい。
そして悟った。今日は、いつも忙しい両親と一緒に夕食が食べられる日。つまり、二人に私の本気度を伝えられる絶好のチャンスだということを。
私の心は決まった。いざ。
チャンスは今日!
そして迎えた決戦のとき。……といっても、母さんは食後のケーキを食べていて、父さんは優雅にお茶を飲んでいる。決戦なんて雰囲気じゃないんだけどね。
私は両親を観察しながら、カップに入ったアールグレイを一口。そしてカップをコトリとテーブルに置き、何の前置きもなく、口の中で転がしていた言葉を紡ぐ。
「星露学園に行きたい」
突如告げられた娘の言葉に、母さんは構えていたようにうなずいていたけれど、父さんは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになっていた。
「ゲホゲホッ。凪沙、本気?」
「本気」
なぜか慌てる父さんにそう返すと、父さんは目をまんまるにした。
「え…。だ、え、星露学園でしょ?ほら、名門の」
「そう、星露」
「でも、ああああそこの入試はすごく難しいんだよ?」
「受かるために勉強するから」
「寮なんだよ?暮らせる?」
「大丈夫」
バッサリとそういうと、父さんは眼鏡をかけて大きくなった目を、小動物のようにウルウルさせた。
「凪沙、心配しないで大丈夫。父さんは凪沙が受かった後が寂しいのよ」
母さんはクスリと笑った。
星露学園が全寮制の学校だということは知っている。調べたときに、ネットで知った。父さんは心配していたが、そここそが私の「星露☆推しポイント」なのだ。
全寮制ならば、家族以外の友達と時をともに過ごすことになる。新しい友だちと同じ場所で過ごせる。
「あのね父さん。全寮制ならば、友達と新しい経験ができる。それは、いいことばかりだと思うの」
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