嫉妬

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嫉妬

「みんな! 今日はライブ来てくれてありがとう。花音とっても嬉しかったよ。次は定期配信かな? 待ってるね♡」  締めの言葉に、画面上の文字の羅列がズラズラと動く。 「花音も寂しいなぁ。じゃあ、最後に歌で終わるのはどうかな? 最後に歌ってもいい?」  配信の締めは決まっている。最後の歌を楽しみに配信を聴きに来るファンもいる。そして、何よりもこの時間が、私は好きだった。数年前、初めてVチューバーとして配信を取り始めた時から歌っている曲。この曲があるからこそ、私は『花音』として、今も配信を取り続けることが出来る。  定番の曲を最後に、配信を切る。ヘッドホンを耳から外し、椅子の背もたれに身体を預け、満足気なため息をつく。 「終わった……」  配信の余韻を胸に、怒涛のように過ぎ去った数年間を振り返る。  親代わりだった叔父が言った言葉が、今も私を支えている。 『穂花の歌は、人の心を動かす力がある。それは、天性の才能だ』  感情を乗せ歌うことも、呼吸をするかの如く、自由に出来た。歌を歌えば、心が解き放たれる。ただただ、歌うことが好きだった。  当時は、歌う事以外、なんの取り柄もない私が、Vチューバー『花音』としてデビューする事になるとは思ってもみなかった。 『花音』として駆け抜けた数年間が、走馬灯のように脳内を駆け巡る。視聴者ゼロからのスタート。徐々に増えていく閲覧数。初めてのファン。自腹を叩いて作ったキャラキーホルダーを買ってくれた時の感動。小さな事の積み重ねが、『花音』を成長させた。そして、大きな舞台で初めて歌った曲が、大きな反響を生んだ。小っぽけな『花音』が、数万人のファンを持つVチューバーアイドルへと成長していく。その成長を嬉しく思う反面感じる、恐怖感。  そして、『鏡レンナ』としてのデビュー話。 『花音』は有名なVチューバーアイドルでも、中身は臆病な、ただの女の子。しかも極度の人見知り。『花音』と言う仮面を脱ぎ捨て、素の自分を晒し、デビューなど出来る訳ない。  ファンが熱狂しているのは、Vチューバーである『花音』であって、中身の自分に興味を抱く者などいない。  あの時、叔父から告げられた歌手デビューの話を蹴ったことを後悔している訳ではない。ただ、妹を巻き込むべきではなかった。私の代わりをさせるべきではなかったのだ。  いいや、それはただの言い訳に過ぎない。もし仮に、私が『鏡レンナ』としてデビューしたとしても、今の妹と同じように成功できるわけない。結局のところ、華々しい世界で輝く妹に嫉妬しているだけなのだ。  あの輝く舞台に立っていたのは、本当は私だったのに……。  そんなドス黒い感情が心を埋めつくし、自分が育て上げた『花音』という存在ですら、否定しようとしている。 『花音』という仮面をかぶっていなければ、何も出来ないと言うのに。 「もう限界だな……」  そんな呟きが、静まり返った部屋へと響き、消えていった。
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