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ひと筋の光【颯真side】
――時は、数時間前にさかのぼる。
病院内の待合室にある長椅子に座り、今日起こった事を考える。
知り合いの警察官の伝手を使い聞き出した話では、美春さんを襲ったのは鏡レンナのファンだったそうだ。
今朝スクープされた鏡レンナの熱愛報道が原因だったと。
まさか、美春さんがあんな姑息な手を取って来るとは考えていなかった。アイドルとして活動する彼女にとっても、スキャンダルは命取りになる。だからこそ、油断してしまったとも言えるが。
誰の入れ知恵だったのか。
もう一人の男の存在が脳裏を掠め、嫌な気分になる。
穂花の幼なじみ『伊勢谷律季』
鏡レンナのマネージャーでもあり、花音のマネージャーでもあるか。
あの夜、穂花の隣に座り鋭い視線を俺へ向けていた男の顔を思い出し、苦々しい気持ちが込み上げる。丁寧な言葉を選びながらも、決して懐は見せない狡猾さを持った男。時折り見せる悪意でさえ、あえてやっていたのだろう。
よっぽど、美春さんの方が扱いやすいか。
彼らと出会ってからの数ヶ月間を思い出し、苦い思いが胸に去来する。
始めは『花音』の正体が本当に美春さんなのかを確かめるために、彼女に請われるまま接点を持ち続けた。結果としては、出会って早々に彼女は『花音』では無いという結論に至った訳だが、今の今まで美春さんとの接点を絶たなかったのには理由がある。
美春さんから時折り向けられる憎悪の視線。彼女は上手く隠しているつもりでも、何度も接していればわかる。
あれは、俺に対する憎悪だ。その発露が何なのかが、気になった。
秘密裏に調べた穂花と美春の人生。中学生の時に両親が亡くなり、伊勢谷家に美春と一緒に引き取られた穂花。そして、伊勢谷家の息子、律季との関係。
調べれば調べるほど、異様な三人の関係に戦慄を覚えた。
穂花に関わる人間を徹底的に排除してきた学生時代。まさしく、学生時代の穂花の人間関係は美春と律季のみだった。穂花に友達や恋人が出来るたびに、徹底的に、その者たちを排除してきた美春。そんな中、唯一、穂花の側にいることを許されたのが、幼馴染の律季だった。
果たして裏で手を引いていたのは美春だったのか、それとも律季だったのか。そして、穂花に関わるすべての者達を排除しなければならなかった理由とは?
ずっと、穂花は美春の姉ではなく、親代わりだった。しかし、親代わりである穂花を他人に取られてしまうという子供じみた理由で、すべての交友関係を美春が排除してきたとは到底思えない。
狂気とも呼べる美春の穂花に対する執着。そして、唯一、穂花の側にいることを許された律季の存在。
穂花をめぐる美春と律季の関係性が、すべての元凶であるように思えてならない。
穂花が本当の意味で自由になるには、あの三人の関係を断ち切る必要がある。
だからこそ、美春に仕掛けた訳だが――
今朝、呼び出した美春に『花音引退』に関して問うた時の彼女の反応は予想外だった。きっと寝耳に水の話だったのだろう。
瞳を丸くし言葉を失う彼女の様子に、やはり『花音』は美春さんでは無いと確信した。そして、『花音は穂花だね』と言った時に向けられた憎悪の感情は、間違いなく秘密を知った俺に対する牽制だった。
さて、『花音』の正体を知られた今、彼らはどう動くのか……
こちらへ向かい一直線に歩いて来る長身の男を認め、気を引き締める。
「一色さん、ご迷惑をおかけ致しました」
謝罪の言葉を口にする男の表情からは何も伺えない。
「いいえ、それよりも美春さんの様子は?」
「今、やっと落ち着いて、病室で眠ってます」
「そうですか……」
用があると言う美春さんを所属事務所まで送り届けたまでは良かった。彼女も『花音』の事で混乱していたのだろう。早急に、『花音』の正体を知られた事をマネージャーに知らせ、相談したかったのだろう。
一方的に真実を突きつけて、揺さぶりをかけるのはフェアではない。彼らには、彼らの事情もある。
だからこそ、事務所に行きたいと言った美春さんの希望を叶えた訳だが、まさかストーカーに待ち伏せされていたとは。
刃物を構え、突進して来る男を認め、咄嗟に美春さんの腕を引き、ストーカー男を蹴り倒した訳だが、その後ろで美春さんが転倒していたとは、ついていない。
しかも、その拍子に足を痛め、全治一か月か。
まぁ、その程度の怪我で済んだと思えば、儲けものだな。
「それで……、一色さん。今回の事件のことですが、口外無用でお願いしたいのですが。過激なファンに襲われたとなると、他のファンにも影響が出ますし、鏡レンナの今後の活動にも支障が出ますので」
「今回の事件、鏡レンナの過激なファンが起こした事件のようですね」
「――っ! それは……」
一瞬驚きの表情を浮かべた顔も次の瞬間には、元の無表情に戻る。ただ、目の前に座る伊勢谷律季が見せた一瞬の焦りから、事件の真相を俺に知られたくはなかったと分かった。
『花音引退配信』が、今回の事件の原因にしたかったのかもしれない。
「なぜ、知っているのですか? 犯人が鏡レンナの過激なファンだったと」
「知り合いの警察官に聞いただけですよ」
「そうですか……、そうやって貴方は何でも手に入れて来たのでしょうね。人の秘密を詮索し、踏み込まれたくない領域にまで、土足で踏み込む」
「それは、『穂花』の事を言っているのか?」
「その問いに答える義務はないと思いますが、もし私が、その問いにYESと言えば、貴方は私たち三人から手を引いてくれるのですか?」
「手を引く? それは、穂花から手を引けと言っているのか? だったら、承諾は出来ない」
膝の前で手を組み項垂れる男の表情は、わからない。ただ、彼から伝わってくるあきらめにも似た、落胆の気持ちが、俺にわずかな希望を与えてくれている。
伊勢谷律季の中にも迷いがあるのかもしれない。
今の状況に対する迷いが――
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