光の中へ

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光の中へ

 真っ白なスクリーンに映し出された『花音』の映像に、ザワザワ、ガヤガヤとざわめく観客の声。  スクリーンの裏手で本番を待つ私には、どれくらいの観客が会場を埋めているかは分からない。ただ、オープニングを目前に騒つく会場の雰囲気から、かなりの人数が来ていることは分かった。  否応なしに緊張感が高まっていく。  ガタガタと震えだしそうになる足を抑えるため、マイクを持った手をキュッと強く握る。  今日までの三ヶ月間、必死に練習して来たのだ。ダンスの先生のお墨付きももらえた今、あとは勇気を出すだけだ。  目の前のスクリーンが上がると同時に始まるオープニング。  『花音』の最初で最後の生歌唱。  きっと会場には花音の最後の歌を聴きに来てくれたファンもいる。  Vチューバー花音として活動し始めた当初から歌い続けた代表歌。この歌があったからこそ、私は今まで『花音』として生きて来れたのだ。  心を込めて歌おう。  ずっと『花音』を愛し続けてくれたファンのために。  そして、颯真さん――  私に一歩ふみ出す勇気をくれた人。  きっと会場のどこかで颯真さんも『花音』の最後のステージを見守ってくれている。  そう信じるだけで心がフワッと温かくなり、勇気がわいてくる。  開演を告げるブザーの音に身が引き締まる。  大丈夫……、大丈夫…… 『穂花ならきっとやり遂げられる』  そんな声に背中を押され、一歩を踏み出せば、目の前のスクリーンが徐々に上がり、ワッという観客の歓声に包まれた。  会場を埋め尽くした観客から湧き上がる『花音』コールと、青色のペンライトの光の波が揺れる。 『花音』のイメージカラーである青色で満たされた会場を見つめ、涙が溢れ出しそうになる。  今やっと報われた。花音の活動のすべてが……  ゆっくりと流れ出したメロディーに合わせて揺れる無数の青い光。  泣いている場合じゃない。みんな『花音』の歌を聴きに駆けつけてくれたのだ。最後の歌を。 「――最後の花音の歌、聞いてください。『miracle(奇跡)』」  私の声を合図に流れ出す前奏。流れるメロディーに合わせて右に左に揺れる青い光が、まるで陽の光を受け海をたゆたう波のようにキラキラと光る。 『miracle――この世界は小さな奇跡にあふれている』  花音として歩んできた日々が走馬灯のように頭を巡り、胸が熱くなる。  小っぽけな存在だった『花音』が、この歌を通して多くのファンの心をつかむことが出来たのも小さな奇跡のつみ重ねだった。そして、臆病だった私を変えたのも、この歌と『花音』という存在があったから。 『miracle』と『花音』がもたらした奇跡。颯真さん――  彼との出会いも奇跡だった。彼と出会えたからこそ、今の私がある。  どこかで見てくれていますか?   貴方が背中を押してくれたから、今私はステージに立てています。  エンディングのメロディーが流れ、曲が終わる。ワッと上がった歓声と拍手の音が、会場全体を包み、花音の最後の歌が終わった。  鳴り止まない拍手の音に、涙腺は崩壊し、嗚咽がもれる。  泣いてちゃいけない。この後には、妹の代わりに『鏡レンナ』を演じなきゃならないんだから……  頬を流れる涙を拭い、前を向いた時だった。スポットライトが青色に変わり、ステージ右端のスペースに白のスポットライトが当たる。誰もいないスペースに当たるスポットライトに観客がざわつき出した。  どうして……  そんな演出があるなんて聞いていない。照明さんが間違えたなんて、ことは……  その時だった。舞台袖から現れた白の燕尾服を着た男性の登場に、観客席から悲鳴にも似た歓声が上がる。 「――うそっ!?」  なんで、なんで……  ゆっくりとこちらへと歩いてくる人物を見て、拭ったはずの涙があふれ出し視界がぼやける。 「やっぱり、穂花が『花音』だったんだね」 「どうして……、どうして……」 「やっぱり、最後は姫を迎えに騎士(ナイト)登場かなと。よくがんばったな」  青い薔薇の花束が目の前に差し出され、それを手渡されると同時に抱きしめられていた。視界いっぱいに広がった青と薔薇の芳醇な香り、そしてほんのりと香ったグリーンノートの『彼』の香りに、胸が熱くなる。  もう、この想いを我慢しなくてもいい。  その想いのまま、言葉を紡ぐ。 「――――好き。颯真さんが好きなの」  抱き合った二人を照らしていたスポットライトが暗転する。それと同時に湧きおこった悲鳴のような歓声を合図に、私を抱き上げた颯真さんが走り出す。 『バンっ』という音を鳴らし飛び散った紙吹雪が会場をキラキラと舞う中、花音が写し出されたスクリーンを派手に蹴破り登場した『鏡レンナ』に会場のボルテージは最高潮に達する。  青一色だった会場の光が、『鏡レンナ』のイメージカラー、ピンクへと変わっていく。 『花音』コールを遥かに上回る『鏡レンナ』コールを聴きながら、颯真さんに抱き上げられた私は、妹の元気な姿を横目に会場を後にした。
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