転落 5

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転落 5

 次の日、中央から来た郵便屋から手紙を受け取ったゼンはそれを受け取るなり破いて捨てた。「にゃんてことを!?」などと西訛りで狼狽する郵便屋に代金を支払い、ついでに速攻で書き上げた手紙を丸め、蝋で封をした。 「アルバに」 「王陛下ナ、無礼者」 「アベルには敬称をつけないくせに『名前がAから始まる人は王族だ』とかいうんだろ、君たちは」  郵便屋は眉を顰めてため息をついた。 「四代目を敬ってるのは北だけダ、ボクは西出身。だいたいオマエらだっていつもアイツに敬称つけないダロ」 「敬語は嫌いだと本人が言ったそうだ。それ以来北民は敬語を使わん」  四代目アベル王は城と教会を邪険にした挙句、北に裏切って国土の半分以上を侵略した。そのせいで北以外の民には悪魔と言われ、北の民には崇拝されている。悪魔崇拝をする北を他地域の人は蔑んでいた。  これ以上話していたくない、と郵便屋は話を戻す。 「王に手紙なんて珍しいナ。なにかあったのカ?」 「フラムが来たからその報告だ。何か情報はないか?」  なー、と唸った郵便屋兼情報屋は口の中でもごもご言ったくせに「無い」と笑った。 「王サマの手紙をこんな扱いする奴に教える情報は無いナ。まァ僕の仕事はオマエに渡すところまでだケド。でも超頑張って極寒の地に来た僕にこの仕打ちは酷いダロ?」  全くもってその通りだが、権力者嫌いの北のリーダーとしては権力者に媚びを売りアーデア神を崇拝するような中央の王に頭を下げるなど出来ない。初代北領主も元はと言えば中央の四代目だが、彼だけは歴代の王と違って無権力者を大切にしていた。それに北をここまで発展させたのも彼のおかげ。北の民にアーデアに祈れとか王を敬えとか言うこと自体間違っているのだ、歴史を知らないと言いふらしているようなものだから。  しかし、北のプライドを守るあまりフラムの情報を得られないのは痛手だった。仕方なくゼンは懐から小切手を取り出し、幾らか書き記して郵便屋に手渡す。 「ふぅん……仕方ないナ、僕は金には目がないんダ」 「それで?」  切手のゼロの数をひとつひとつ数えてニンマリ笑うと懐にしまった。情報で得た金は顧客の元ではなく全て自分自身の懐に入るのだ。 「フラム・ラッドミエ四十八歳男。奴は権力者じゃ無いケド、権力者以上に厄介だナ。話術で躱すカラ滅多に戦わないらしい。でも用心したに越したことはないゾ、あの体格は動けるダロ?」 「あとは?」  郵便屋はちぃ、と舌を鳴らして先を続けた。初歩的な情報だけ渡して多額の金を受け取ろうとしていたのがバレてしまったのだ。学がなければこれくらい中身のない情報でも喜んでもらえるが、領主ともなると格が違う。 「なんでも武器にするんダ、紙だって投げてたからナ。夜中人が居ない時に罠を作って、そこに誘い込むンだと。フラムの家族は息子ひとりだけ。でも手出さない方がいいゾ、やろうとした奴は全員死んだ。出身は北。これは知らなかったダロ? 西との境だケド、バッチリ雪積もってるゾ」  ゼンは払った代金並みの情報を受け取り、渋い顔をした。元々フラムは全国を旅して人から金品を奪い生活してきた厄介者だ。前北領主もフラムに嵌められて失踪したので、そういう生活をもう二十年ほど続けていることになる。それで今まで一度も捕まっていないのだから、一筋縄ではいかないだろう。 「道理で雪道に慣れてたわけだ」 「オマエより北に詳しいだろうナ!」  にゃはは、と悩みとは無縁の郵便屋は高らかに笑った。 「じゃ、元気でナ。あ、アクイラ殿下がゼンに会いたがってたゾ。アベルのこと聞きたいそうダ。明後日手紙を持ってくる!」 「ケインに興味を持つ王族なんているのか。頭イカれてるんじゃないのかそいつ」  ケインというのはアベルのことだ。裏切った後に名前を変えた。 「殿下は王子様だゾ……?」 「それが?」 「ゼン、お前自身のことは嫌いじゃないガ、ボクの好きな人を否定するのはいけ好かないナ」  そうか、と北の空を見た。薄い雲がかかっている。雪が降る前に鉱山を見回って異常のないことを確認し、交代で見張りをさせることにした。広い北の領土だが、現れるとしたら前北領主が失踪したと伝わる古い坑道付近だろうと踏んでいた。  次の日、フラムが真正面から堂々と城に足を踏み入れた。騒然となる城の奥から堂々と歩いてきたゼンは腰に二本の細剣を携え、左手は既に柄に添えていた。 「おはよぉ領主サマ、要件はあんたに伝えればいいのかなぁ?」 「簡潔に言え。承諾する気は無いが」  出会って早々敵意むき出しのゼンに対しても余裕を持って笑ってみせる。それが牽制になり、ゼンは思わず半歩退いてしまった。フラムはその半歩を埋めるように更に前進する。 「北領、ちょーだい」  ゼンは右手で細剣を引き抜き大きく回したが、蝶のように飛んで避けられた。傷一つ無く驚きもしないフラムを真正面に捉えながら、ゼンは息を吸い、長く吐いた。腰を落として剣をフラムの胸に向け、突きの姿勢をとる。 「えぇぇええ痛いの嫌なんだけどぉ、話し合おうよあの部屋の椅子だけでいいからさぁ」  ズボンのポケットに両手を突っ込み、顎で四百年変わらず使われている執務室を示した。一部屋のそれも椅子だけとは言うが、その椅子が最も重要な役割を持っているのだ。領主しか座ることを許されていない重い責任を伴うそれを、北出身とはいえどこから来たのかも分からないふざけた人間に渡すことなどできやしない。北からしか取れない貴重な鉄を耳と唇を飾り立てるために使っていることが更にゼンを憤らせた。 「話し合うことは無い! 放浪者が私達の苦労も知らずに鉄を無駄遣いするな。鉄は外交と武力のためのものだ!」  北民の共通認識を今一度伝えるが、フラムはまたしてもヘラヘラ笑っていた。 「固い、固いよ頭がさぁ。鉄掘れるのはここだけなんだからもっと売って普及させればいいじゃん? そしたら需要爆上がり、鉄がなきゃ世界が回らない、北しか取れないから皆して北に媚びを売る。イケてるでしょこれ、ピアスっつうんだけどよぉ……キミの仲間と話し合ってみろよ、いい案だと思うなァ!」 「貴重な意見感謝する。だがそれはきみが領主にならなくてもできるだろう」  ゼンはもう三度剣で空を突き、フラムを門まで追いやった。  媚びを売るどころか鉱山のために襲われて終わりだ。今より需要が増えるということは、すなわちそれだけ敵を増やすことだ。 「ふぅん……ならいいや、諦めよーっと」 「は?」  いとも簡単に食さがるフラム。本当に諦めたようで踵を返すと掌をヒラヒラ振りながら城を出ていった。
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