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サイダーみたいな空気だ。
昊天が夕焼け、細波が近づいては遠のいていく。
波音に炭酸が勢いよく弾けた。琥珀色の斜陽が曹達水のなかで震えている。
「うっま〜い!」
音流は夕陽に叫んで振り向いた。
「ど? 元気でた?」
私は折り曲げた膝に頭を埋めた。
「失恋の傷が海に来るだけで癒えるなら精神科なんていらないんだよ」
「そっか!」
音流は私の頭に曹達水を乗せて、また汀のほうに行ってしまった。そして、ついに波とステップを踏み始めた。
私は頭に置かれた曹達水を飲んだ。炭酸が喉を擽る。
今日、彼氏と別れた。受験勉強に精をだしたいらしい。
そんな見え透いた建前が夏と私の恋を終わらせた。抜け殻のようになっているところを音流にデートしようとナンパされ、彼女の引力に抵抗する力もなく、電車を乗り継いで黄昏時の湘南に降り立った。
「ねぇ」
「ん?」
「なんで私を海に誘ったの」
私たちはお互いに"クラスメイト"だ。むしろ、音流は浮いた存在としてクラスの有名人だ。
家庭科の調理実習では持参した食材や調味料を勝手に入れて調理実験をしたり、校則違反で書かされた反省文を校則における音流の見解を書いた論文にしたりと問題行動の多い生徒として一目置かれている。しかし、彼女の考えにも一理あるし、誹謗中傷を孕むものでもないため誰も咎めることができない。私にとって、なるべく関わりたくないクラスメイト。
だからもちろん、私たちには絆も友情も存在しない。慰めるためではないだろう。もしかしたら誂っているのかもしれない。面白がっているのかもしれない。絶対にそうだ。
鳶がふらふらと飛んでいる。夕凪の向こうで残照が赤らみ、紫黄水晶のような夕映えに白い星が震えていた。
音流は私の映る瞳を瞼で隠した。髪が鰭のように靡いている。
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