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「私も今日、失恋したんだ」
興味も同情も湧かなかった。ただ、この人も恋とかするんだと、漠然と思った。
「どうして失恋すると海に行きたくなるんだろう。ねぇ、折角だから江ノ島デートしようよ」
「しない」
「じゃあ鎌倉は?」
「行かない。一人で行けば」
「ならさ、心中しない?」
音流は笑っていた。まるで遊びに誘うように。その背後で太陽が光線を引いて沈んだ。
「夏の終わりってなんとなく死にたくなるんだよね」
音流は私の隣から曹達水を拾った。ペットボトルを伝う汗が砂に落ちて染み込んでいく。音流はそれを力強く振った後、キャップを回した。炭酸が空気を切り裂き、吹きこぼれる曹達水が私たちの隙間にぼたぼたと情けなく溢れる。音流の手を汚し、私の足を濡らした。私たちは静かにそれを見ていた。薄明は青く、夕凪にも映っている。青春の傷口はこんなに青い。
「……帰る」
私が立ち上がると音流は曹達水を私にかけた。スカートの上で炭酸が踊っている。
「なに?」
「自傷行為」
私は音流に背を向けて階段を上がった。砂の入ったローファーでアスファルトを踏みしめるたびに足裏をざらざらする感じが罪悪感みたいに足を引きずる。振り返ると音流は一歩も動かずにいた。青い世界を映した曹達水がペットボトルからぽたぽたと落ちている。藍玉のような薄暮からも疎外感を与えられる。
「彼氏に振られた時さ、楽しかった、ありがとうって言われたんだ」
音流は止まったまま私の次の言葉を待っている。
「私も楽しかったなぁ。これからもずっと続けばいいのにって思った。どうしたらよかったんだろう…………夏なんか終わらなきゃいいのに」
「しょうがないよ」
音流は顔をあげた。風が掬った前髪から覗く瞳に私が揺れていた。
「青春はそういう性だから」
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