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8月18日 金曜日
ゆうに二時間は走り続けた車がようやく止まったのは、午前十時を過ぎた頃だった。
母に促され、陸は車から降りた。その場で屈伸し、固まった足腰をほぐす。
目の前には茅葺の平屋があった。陸の家三軒分はあるだろうか。くすんだ灰色の屋根も、黒く染まった縁側も、ところどころ毀れた漆喰も、陸にとっては初めてだ。『でっかいおんぼろ』。ひと目見て陸はそう思った。
母が玄関を開け、大声で家人を呼ぶ。しばらくして、中から頬被りした老女がいそいそと現れた。
「おお、よく来たねぇ」
「ご無沙汰してます、お義母さん」
母と老女が、互いに頭を下げる。
「ほら、陸。おばあちゃんにご挨拶して」
母に言われて、陸も「こんにちわ」と頭を下げた。老女──祖母がこぼれるような笑みに顔をほころばせる。
「陸ちゃんも久しぶりねぇ、大きくなってぇ」
正直なところ、陸は祖母のことをあまり覚えていなかった。五歳の七五三のとき以来だと、母から聞かされていた。
「すみませんね、主人が来られなくて」
「いいさぁ、元気に仕事しとるならよかことさね。かわいい孫の顔が見れただけで御の字さぁ」
「そういえば、夏海ちゃんは? 来ているとお聞きしましたが」
「ああ、来とるよ。夏海ぃ、来はったよぉ、挨拶しなぁ」
祖母が家内を振り返って言うと、軽やかな足音が近づいてきた。足音の主はそのまま靴も履かず土間に飛び降り、飛び出すようにして玄関から姿を現した。
「こんにちわ、おばさん。ご無沙汰してます。それに──」
体を屈めて目線を合わせ、陸の頭をわさわさと撫でる。
「陸もお久しぶり。大きくなったね」
これまたあまり覚えていない従姉の夏海の姿を、陸はぼーっと眺めた。
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